日本語の「は」と「が」について。

象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
とりあえず「三上文法」を「批判」します。

(162)「象が鼻が長い。」の「述語論理」。

2019-04-07 18:27:29 | 「は」と「が」

―「記事(158)」の「続き」を書きます。―
(21)
(ⅰ)象は鼻は長い。
(ⅱ)象は鼻長い。
(ⅲ)象は鼻も長い。
といふ「日本語」は、それぞれ、
(ⅰ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}
(ⅱ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)}
(ⅲ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~∀z(~鼻zx→~長z)}
といふ「述語論理」に「翻訳」される。
(22)
(a)
1  (1) P→ Q A
 2 (2)   ~Q A
  3(3) P    A
1 3(4)    Q 13MPP
123(5) ~Q&Q 24&I
12 (6)~P    35RAA
1  (7)~Q→~P 26CP
(b)
1  (1)~Q→~P A
 2 (2)    P A
  3(3)~Q    A
1 3(4)   ~P 13MPP
123(5) P&~P 24&I
12 (6)  ~~Q 35RAA
12 (7)    Q 6DN
1  (8) P→ Q 27CP
従って、
(22)により、
(23)
(a) P→ Q
(b)~Q→~P
に於いて、
(a)=(b) である。
cf.
対偶(Contraposition)」は「等しい」。
従って、
(24)
(a) Q→ P
(b)~P→~Q
に於いて、
(a)=(b) である。
従って、
(23)(24)により、
(25)
(c)(P→Q)&( Q→ P)
(d)(P→Q)&(~P→~Q)
に於いて、
(c)=(d) である。
然るに、
(26)
すなわち記号で書けば、
 (P→Q)&(Q→P)
である。しかしこの複合的表現を用いるよりは、2重の矢印を採用して、省略記号として、
  P⇔Q
と書くのが便利であろう。
(論理学初歩、E.J.レモン 著、 竹尾治一郎・浅野楢英 訳、1973年、38頁)
従って、
(25)(26)により、
(27)
(e) P⇔Q
(d)(P→Q)&(~P→~Q)
に於いて、
(e)=(d) である。
従って、
(27)により、
(28)
(e)P⇔Q
(d)PならばQであり、PでないならばQでない
に於いて、
(e)=(d) である。
従って、
(28)により、
(29)
(e)P⇔Q
(d)PはQであり、P以外はQでない
に於いて、
(e)=(d) である。
然るに、
(30)
(3) 既知と未知
この組み合わせは次のような場合に現われる

 私大野です。
これは、「大野さんはどちらですか」というような問いに対する答えとして使われる。つまり文脈において、「大野」なる人物はすでに登場していて既知である。ところが、それが実際にどの人物なのか、その帰属する先が未知である。その未知の対象を「私」と表現して、それをガで承けた。それゆえこの形は、
 大野私です。
に置きかえてもほぼ同じ意味を表わすといえる(大野晋、日本語の文法を考える、1978年、34頁)。
然るに、
(31)
Q:大野さんはどなたですか。
A:私大野です。
といふのであれば、
A:私は大野であり、私以外は大野ではない
従って、
(29)(30)(31)により、
(32)
(e)P⇔Q
(f)PQである。
(d)PはQであり、P以外はQでない
に於いて、
(e)=(d)=(f) である。
従って、
(21)(27)(32)により、
(33)
(ⅳ)象鼻は長い。
(〃)象は鼻が長く、象以外は鼻は長くない
といふ「日本語」は、
(ⅳ)∀x{象x⇔∃y(鼻yx&長y)}
(〃)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~象x→~∃y(鼻yx&長y)}
といふ「述語論理」に、相当する。
然るに、
(34)
1  (1)象鼻は長い。                            A
1  (〃)∀x{象x⇔∃y(鼻yx&長y)}                  A
1  (〃)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~象x→~∃y(鼻yx& 長y)}}Df.⇔
 2 (2)兎は象ではない。                           A
 2 (〃)∀x{兎x→~象x}                         A 
 2 (3)   兎a→~象a                          2UI
  4(4)   兎a                              A
 24(5)      ~象a                          34MPP
1  (6)   象a→∃y(鼻ya&長y)&~象a→~∃y(鼻ya& 長y)  1UE
1  (7)                 ~象a→~∃y(鼻ya& 長y)  6&E
124(8)                     ~∃y(鼻ya& 長y)  57MPP
124(9)                     ∀y~(鼻ya& 長y)  8量化子の関係
124(ア)                       ~(鼻ba& 長b)  9UE
124(イ)                        ~鼻ba∨~長b   ア、ド・モルガンの法則 
124(ウ)                         鼻ba→~長b   イ含意の定義
124(エ)                      ∀y(鼻ya→~長y)  ウUI
12 (オ)   兎a→∀y(鼻ya→~長y)                  4エCP
12 (カ)∀x{兎x→∀y(鼻yx→~長y)}                 オUI
12 (〃)すべてのxについて{xが兎であるならば、すべてyについて(yがxの鼻であるならば、yは長くない)。}
12 (〃)兎の鼻は長くない。
従って、
(34)により、
(35)
(1)象鼻は長い。 然るに、
(2)兎は象ではない。従って、
(3)兎の鼻は長くない。
といふ「日本語による推論」は、「古典一階述語論理による推論」としても「妥当(Valid)」である。
cf.
完全性定理により、(古典一階述語論理については)その形式体系が論理的に成り立つ事柄を余すところなく捉えていること、つまり、もうこれ以上推論規則を加える必要がないことが示されるのである(飯田隆 編、論理の哲学、2005年、97頁)。
然るに、
(21)(33)により、
(36)
(ⅴ)象長い。
といふ「日本語」は、
(ⅴ)∀x{象x⇔∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}
(〃)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~象x→~∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}
といふ「述語論理」に、相当する。
然るに、        
(34)(36)により、
(37)
「同じこと」なので、わざわざ、書く必要もないものの、
1  (1)象長い。                                          A
1  (〃)∀x{象x⇔∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}                  A
1  (1)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~象x→~∃y(鼻yx& 長y)&∀z(~鼻zx→~長z)} Df.⇔
1  (2)   象a→∃y(鼻ya&長y)&~象a→~∃y(鼻ya& 長y)&∀z(~鼻za→~長z)  1UE
1  (3)   象a→∃y(鼻ya&長y)&~象a→~∃y(鼻ya& 長y)               2&E
 4 (4)兎は象ではない。                                        A
 4 (〃)∀x{兎x→~象x}                                      A
 4 (5)   兎a→~象a                                       4UI
  6(6)   兎a                                           A
 46(7)      ~象a                                       56MPP
1  (8)                  ~象a→~∃y(鼻ya& 長y)                              3&E
146(9)                     ~∃y(鼻ya& 長y)               78MPP
146(ア)                     ∀y~(鼻ya& 長y)               9量化子の関係
146(イ)                       ~(鼻ba& 長b)               アUI
146(ウ)                        ~鼻ba∨~長b                イ、ド・モルガンの法則
146(エ)                         鼻ba→~長b                ウ含意の定義
146(カ)                      ∀y(鼻ya→~長y)               エUI
14 (キ)   兎a→∀y(鼻ya→~長y)                               6カCP
14 (ク)∀x{兎x→∀y(鼻yx→~長y)}                              キUI
14 (〃)すべてのxについて{xが兎であるならば、すべてyについて(yがxの鼻であるならば、yは長くない)。}
14 (〃)兎の鼻は長くない。
従って、
(37)により、
(38)
(1)象長い。 然るに、
(2)兎は象ではない。従って、
(3)兎の鼻は長くない。
といふ「日本語による推論」は、「古典一階述語論理による推論」としても「妥当(Valid)」である。
従って、
(21)(34)(37)により、
(38)
(ⅰ)象は鼻は長い。
(ⅱ)象は鼻長い。
(ⅲ)象は鼻も長い。
(ⅳ)象鼻は長い。
(ⅴ)象長い。
といふ「日本語」は、それぞれ、
(ⅰ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}
(ⅱ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)& ∀z(~鼻zx→~長z)}
(ⅲ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~∀z(~鼻zx→~長z)}
(ⅳ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~象x→~∃y(鼻yx&長y)}
(ⅴ)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&~象x→~∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}
といふ「一階述語論理」に「翻訳」される。
然るに、
(39)
自然言語の文を論理式に翻訳するというプログラムを遂行する上で、まず考えなければならないことは、翻訳先の形式言語としてどのような言語を採用すべきかという問題である。ひとつの基準となるのは、一階述語論理である。しかし、現在では、自然言語のさまざまな構文を自然な形で扱うためには、一階述語論理の言語では不十分であるという考えが広く受け入れられている(飯田隆 編、論理の哲学、2005年、226頁)。
とのことである。
然るに、
(40)
自然言語のさまざまな構文を自然な形で扱うためには、一階述語論理言語では不十分である。
といふことは、そんなことは、「当り前」過ぎるのであって、それ故、
(38)(39)により、
自然言語のさまざまな構文を自然な形で扱うためには、一階述語論理言語では不十分であるが、少なくとも、
(ⅰ)象は鼻は長い。
(ⅱ)象は鼻長い。
(ⅲ)象は鼻も長い。
(ⅳ)象鼻は長い。
(ⅴ)象長い。
といふ「日本語」に関しては、「一階述語論理言語」によって、「翻訳可能」である。
といふ、ことになる。

(161)「象は(すべての象について、)」は「主題」である?(Ⅱ)

2019-04-07 09:40:06 | 「は」と「が」
―「記事(160)」を書き直します。―
(01)
(a)象は鼻は長い。
といふのであれば、
(a)象の鼻以外は、長いのか、長くないのかが、分からない。
然るに、
(02)
(b)象は鼻長い。
といふのであれば、
(b)象は、鼻以外は長くない
然るに、
(03)
(b)象は鼻長い。
といふのであれば、当然、
(a)象は鼻は長い。
従って、
(01)(02)(03)により、
(04)
(b)象は鼻長い。
といふ「日本語」は、
(c)象は鼻は長い。象は鼻以外は長くない
といふ「意味」である。
然るに、
(05)
(b)
1 (1)∀x{象x→ ∃y( 鼻yx& 長y)&~∃z(~鼻zx& 長z)} A
1 (2)   象a→ ∃y( 鼻ya& 長y)&~∃z(~鼻za& 長z)  1UE
 3(3)   象a                              A
13(4)       ∃y( 鼻ya& 長y)&~∃z(~鼻za& 長z)  23MPP
13(5)       ∃y( 鼻ya& 長y)                4&E
1 (6)   象a→{∃y( 鼻ya& 長y)}               35CP
1 (7)∀x{象a→ ∃y( 鼻yx& 長y)}               6UI
13(8)      ~∃z(~鼻za& 長z)                4&U
1 (9)   象a→~∃z(~鼻za& 長z)                38CP
1 (ア)∀x{象a→~∃z(~鼻za& 長z)}               9UI
1 (イ)∀x{象x→ ∃y( 鼻yx& 長y)}&
     ∀x{象x→~∃z(~鼻zx& 長z)}               7ア&I
(c)
1 (1)∀x{象x→ ∃y( 鼻yx& 長y)}&
     ∀x{象x→~∃z(~鼻zx& 長z)}               A
1 (2)∀x{象x→ ∃y( 鼻yx& 長y)}               1&E
1 (3)   象a→ ∃y( 鼻ya& 長y)                2UE
 4(4)   象a                              A
14(5)       ∃y( 鼻ya& 長y)                34MPP
1 (6)∀x{象x→~∃z(~鼻zx& 長z)}               1&E
1 (7)   象a→~∃z(~鼻za& 長z)                4UE
14(8)      ~∃z(~鼻za& 長z)                47MPP
14(9)       ∃y( 鼻ya& 長y)&~∃z(~鼻za& 長z)  58&I
1 (ア)   象a→ ∃y( 鼻ya& 長y)&~∃z(~鼻za& 長z)  49CP
1 (イ)∀x{象a→ ∃y( 鼻yx& 長y)&~∃z(~鼻zx& 長z)} アUI
cf.
 (b){Fa&Fb&Fc & Ga&Gb&Gc}=∀x{Fx &   Gx}
 (c){Fa&Fb&Fc}&{Ga&Gb&Gc}=∀x{Fx}&∀x{Gx}
 であるため、「以上の結果」は、「当然」である。
従って、
(05)により、
(06)
(b)∀x{象a→∃y(鼻yx&長y) &      ~∃z(~鼻zx&長z)}
(c)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}&∀x{象x→~∃z(~鼻zx&長z)}
に於いて、
(b)=(c) である。
従って、
(06)により、
(07)
(b)すべてのxについて{xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、長く、                      あるzがxの鼻ではなくて、長い。といふことはない。}
(c)すべてのxについて{xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、長い。}&すべてのxについて{xが象であるならば、あるzがxの鼻ではなくて、長い。といふことはない。}
に於いて、
(b)=(c) である。
然るに、
(08)
「すべてのxについて、xが象であるならば」といふことは、
「すべての象について」といふことである。
然るに、
(09)
「すべての象について・・・・。」といふことは、
「象・・・・。」といふことである。
従って、
(06)~(09)により、
(10)
(b)∀x{象a→∃y(鼻yx&長y) &      ~∃z(~鼻zx&長z)}
(c)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}&∀x{象x→~∃z(~鼻zx&長z)}
に於いて、
(b)象は・・・・。
(c)象は・・・・。象は・・・・。
である。
(01)(04)(10)により、
(11)
(a)象は鼻は長い。
(b)象は鼻長い。
(c)象は鼻は長い。象は鼻以外は長くない
といふ「日本語」は、
(a)すべての象は鼻は長い。
(b)すべての象は鼻長い。
(c)すべての象は鼻は長い。すべての象は鼻以外は長くない
といふ「意味」、すなはち、
(a)∀x{象a→∃y(鼻yx&長y)}
(b)∀x{象a→∃y(鼻yx&長y) &      ~∃z(~鼻zx&長z)}
(c)∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)}&∀x{象x→~∃z(~鼻zx&長z)}
といふ「意味」、すなはち、
(b)すべてのxについて{xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、長く。}
(b)すべてのxについて{xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、長く、                      あるzがxの鼻ではなくて、長い。といふことはない。}
(c)すべてのxについて{xが象であるならば、あるyはxの鼻であって、長い。}&すべてのxについて{xが象であるならば、あるzがxの鼻ではなくて、長い。といふことはない。}
といふ「意味」である。
然るに、
(12)
(b)すべての象は鼻が長い。
といふのであれば、
(b)は、「象(といふ動物)」を「話題(主題・題目)」にしてゐる。
従って、
(11)(12)により、
(13)
(b)象は鼻長い。
といふのであれば、
(b)は、「象」を「話題(主題・題目)」にしてゐる。
然るに、
(14)
近年になって言語学や外国語としての日本語文法の分野では「主題」(あるいは「題目」)をマークするものとして「は」を捉えることが常識となっている(金谷武洋、日本語に主語はいらない、2002年、101頁)。
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
(b)象は鼻が長い。
に於ける、
(b)象は
は、「話題(主題・題目)」である。
然るに、
(16)
(b)∀x{象a→∃y(鼻yx&長y)&~∃z(~鼻zx&長z)}
に於いて、
(b)∀x は、
(b)  {象a→∃y(鼻yx&長y)&~∃z(~鼻zx&長z)}
の「文頭」にあって、「文末」まで、「掛かってゐる」。
従って、
(06)~(10)(16)により、
(17)
(b)象は、鼻が長い=
(b)象は{鼻が長い}。
に於いて、
「象は(話題・主題・題目)」は、「文頭」にあって、「文末」まで、「掛かってゐる」。
然るに、
(18)
日本語のコプラはハであろう。― 中略、―
そして、ハはむろん主辞の方に入れなければならない。
 主 辞    賓 辞
 The dog is an animal.
 犬は   動物である。
(三上章、日本語の論理、1963年、6頁改)。
然るに、
(19)
(d)犬は動物である。⇔
(d)∀x{犬x→動物x}
従って、
(17)(18)(19)により、
(20)
(d)犬は、動物である=
(d)犬は{動物である}。
に於いて、
「犬は(主辞)」は、「文頭」にあって、「文末」まで、「掛かってゐる」。
従って、
(17)(19)により、
(20)
(b)象は鼻が長い =象は{鼻が長い}。
(d)犬は動物である=犬は{動物である}。
に於いて、
「象は(主題)」は、「文頭」にあって、「文末」まで、「掛かってゐる」。
「犬は(主辞)」は、「文頭」にあって、「文末」まで、「掛かってゐる」。
然るに、
(21)
「象は鼻が長い」はどれが主辞がわからないから、このままでは非論理的な構造の文である、と言う人がもしあった(沢田『入門』二九ペ)とすれば、その人は旧『論理学』を知らない人であろう、これはこのままで、
 象は 鼻が長い。 
 主辞 賓辞
とはっきりしている。速水式に簡単明リョウである。意味も、主辞賓辞の関係も小学生にもわかるはずの文である。これに文句をつけたり、それを取り次いだりするのは、人々が西洋文法に巻かれていることを語る以外の何物でもない。このまま定理扱いしてもよろしい。そしてこの定理の逆は真でないとして、鼻の長いもの例に、鞍馬山の天狗だの、池の尾の禅珍内供だのを上げるのも一興だろう。それでおしまいである(三上章、日本語の論理、1963年、13・14頁)。
従って、
(20)(21)により、
(22)
三上章先生が言ふ、
(b)象は鼻が長い=象は{鼻が長い}。
に於ける、
(b)象は 
は「主」であって、「主」ではない。
然るに、
(23)
大辞林 第三版の解説
しゅじ【主
「主」に同じ。
従って、
(22)(23)により、
(24)
三上章先生が言ふ、
(b)象は鼻が長い=象は{鼻が長い}。
に於ける、
(b)象は 
は「主語主辞)」である。
然るに、
(25)
「象は鼻が長い」の構造:日本語の述語の機能から考える 2/2(投稿日: 2017年2月8日 作成者: 丸山有彦)
三上章は『象は鼻が長い』という本を書いて、日本語には主語がないと主張しました。「象は鼻が長い」という文の「象は」というのは主語ではなく、主題なのだという主張でした。助詞「は」がつく語は主題になります。「は」は文の区切りになるようです。
従って、
(26)
(24)と(25)は、「矛盾」する。