(01)
もちろん、一種の主題化は英語でも可能であり、
This book, Jhon has read it.
(この本はジョンが読んだ)
のような文である。しかし、このような文は相対的に希であるのに対して、日本語ではほとんどの文に主題がある、2つの言語システムの間のもっとも驚くべきちがいは、次のような日本語の文によって示される。
魚は鯛がおいしい。
[Speaking of]fish, red snapper is delicious.
[魚について言へば]、鯛がおいしい。
(マーク・C.ベイカー 著、郡司隆男 訳、言語のレシピ ― 多様性にひそむ普遍性をもとめて ―、2010年、262頁)
然るに、
(02)
(1)魚は鯛がおいしい。
(2)鮪は魚であるが鯛ではない。
と、「仮定」する。
然るに、
(03)
(1)魚は鯛がおいしい。
(2)鮪は魚であるが鯛ではない。
といふのであれば、
(イ)鯛と鮪では、鯛の方が、おいしい。
といふ、ことになる。
然るに、
(04)
(イ)鯛と鮪では、鯛の方が、おいしい。
といふことは、
(イ)鯛と比べれば、鮪は、相対的に、おいしくない。
といふことを、「意味」してゐる。
然るに、
(05)
1 (1)∀x{魚x&~鯛x→~旨x} A
2 (2)∀x{鮪x→ 魚x&~鯛x} A
1 (3) 魚a&~鯛a→~旨a 1UE
2 (4) 鮪a→ 魚a&~鯛a 1UE
5(5) 鮪a A
25(6) 魚a&~鯛a 45MPP
125(7) ~旨a 36MPP
125(8) 魚a 6&E
125(9) ~旨a&魚a 78&I
12 (ア) 鮪a→ ~旨a&魚a 59CP
12 (イ)∀x{鮪x→ ~旨x&魚x} アUI
従って、
(05)により、
(06)
(1)すべてのxについて、xが魚であっても、xが鯛でないならば、xは旨くない。 と「仮定」し、
(2)すべてのxについて、xが鮪であるならば、xは魚であっても、xは旨くない。 と「仮定」すると、
(イ)すべてのxについて、xが鮪であるならば、xは旨くないが、 xは魚である。 といふ『結論』を、得ることになる。
然るに、
(07)
(1)すべてのxについて、xが魚であっても、xが鯛でないならば、xは旨くない。 と「仮定」し、
(2)すべてのxについて、xが鮪であるならば、xは魚であっても、xは旨くない。 と「仮定」すると、
(イ)すべてのxについて、xが鮪であるならば、xは旨くないが、 xは魚である。 といふ『結論』を、得る。
といふことは、
(イ)鮪は、鯛と比べれば、相対的に、おいしくない。
といふことを、「意味」してゐる。
従って、
(02)~(06)により、
(07)
(1)魚は鯛がおいしい。
といふ「日本語」は、
(1)∀x{魚x&~鯛x→~旨x}⇔
(1)すべてのxについて、xが魚であっても、xが鯛でないならば、xは旨くない。
といふ「述語論理」に、相当する。
従って、
(07)により、
(08)
(1)魚は鯛がおいしい。
といふ「日本語」は、敢へて言へば、
(1)Red snapper is more delicious than any other fish.
といふ「 英語 」に、相当する。
従って、
(01)(08)により、
(09)
(1)魚は鯛がおいしい。
といふ「日本語」は、敢へて言へば、
(1)[Speaking of]fish, Red snapper is more delicious than any other fish.
といふ「 英語 」に、相当する。
従って、
(01)(09)により、
(10)
(1)[Speaking of]fish, Red snapper is more delicious than any other fish.
(2)[Speaking of]fish, red snapper is delicious.
に於いて、
(1)≒(2) ではない。
のであれば、次(11)のやうな、マーク・C.ベイカーの「言はんとすること」は、「マチガイ」であると、思はれる。
(11)
以上から、次のような形のパラメータが設定できるだろう。
主題卓越パラメータ
文は、冒頭の名詞句(主題)と、主題に対するコメントとしてして理解される完全な節とからなる(日本語)。
あるいは、
節と別の主題句は許されない(英語)。
このパラメータの効果は、かなり広範囲にわたり、単純な主文以外のいろいろなところにあらわれる。
(マーク・C.ベイカー 著、郡司隆男 訳、言語のレシピ ― 多様性にひそむ普遍性をもとめて ―、2010年、263頁)