四国中央市の旧川之江市を車で走ってて、信号につかまって、ふと横を見たら「川之江城」が綺麗に見えてたから、パチリと一枚写真撮影してみました。
現在の天守閣は昭和61年(1986)に復元されたものです。ここにお城があったのは、南北朝から戦国期だったようです。南北朝時代に南朝方の河野氏の砦として、土肥義昌が1337年(北朝:建武4年、南朝:延元2年)が築城したのが始まりです。豊臣秀吉による四国平定後は、小早川、福島、池田、小川と目まぐるしく領主が変わったが、加藤嘉明の時代に川之江城は廃城になりました。その後、一柳直家が寛永13年(1636)に川之江藩を立藩した際に城を再建しようとしましたが死亡し、以降は天領となったため、再建されることはありませんでした。
なので、再建された天守閣のような建物は存在しなかったのだろうとは推察しますが、それはそれでおいといて、天守閣がある街って、やっぱいいですね(^^)v
現在の天守閣は昭和61年(1986)に復元されたものです。ここにお城があったのは、南北朝から戦国期だったようです。南北朝時代に南朝方の河野氏の砦として、土肥義昌が1337年(北朝:建武4年、南朝:延元2年)が築城したのが始まりです。豊臣秀吉による四国平定後は、小早川、福島、池田、小川と目まぐるしく領主が変わったが、加藤嘉明の時代に川之江城は廃城になりました。その後、一柳直家が寛永13年(1636)に川之江藩を立藩した際に城を再建しようとしましたが死亡し、以降は天領となったため、再建されることはありませんでした。
なので、再建された天守閣のような建物は存在しなかったのだろうとは推察しますが、それはそれでおいといて、天守閣がある街って、やっぱいいですね(^^)v
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