道の駅で休憩後、鶴岡市内の方へ車を走らせ、そこから月山方面の田麦俣の集落へへ向かいました。ここ田麦俣には、兜造りの多層民家が2棟残っています。
手前の建物は、民宿として利用されていて、奥の建物が公開されている『旧遠藤家住宅』です。
元々寄棟造りだった屋根を、明治に入って盛んになった養蚕業を行うため、兜造りへと変えていったそうです。1階は家族が住む居住スペースで、2階が下男たちの居住スペース、3階が養蚕の作業場になっていたそうです。それぞれの階が別々の用途になっているものだから、多層民家って呼んでいるのだと思います。
建物内部は、当時の生活用具等が展示されています。構造体もしっかりしてて、良好な状態で保存されています。でも、温暖な四国に住んでいる関係から冬はこの囲炉裏だけで暖を確保するのは難しかったのではって思いましたが。。。(^^;;
風呂桶と当時の生活用具などが展示してあって、当時の生活状況を想像するのも楽しかったりします。当日訪問した際には、わたしのほかには見学者がいなかったので、じっくりと建物見学を楽しむことができました。
「旧遠藤家住宅」の手前の建物は、「かやぶき屋」という民宿になっていました。ここで、一泊するのもいいかなって思いました。というのも、大学を卒業したての頃、白川郷の合掌造りの民宿に宿泊して感動したものですから。。。
横から見た姿は、とてもかっこいいものです。お気に入りの写真の一枚です(^^)v
手前の建物は、民宿として利用されていて、奥の建物が公開されている『旧遠藤家住宅』です。
元々寄棟造りだった屋根を、明治に入って盛んになった養蚕業を行うため、兜造りへと変えていったそうです。1階は家族が住む居住スペースで、2階が下男たちの居住スペース、3階が養蚕の作業場になっていたそうです。それぞれの階が別々の用途になっているものだから、多層民家って呼んでいるのだと思います。
建物内部は、当時の生活用具等が展示されています。構造体もしっかりしてて、良好な状態で保存されています。でも、温暖な四国に住んでいる関係から冬はこの囲炉裏だけで暖を確保するのは難しかったのではって思いましたが。。。(^^;;
風呂桶と当時の生活用具などが展示してあって、当時の生活状況を想像するのも楽しかったりします。当日訪問した際には、わたしのほかには見学者がいなかったので、じっくりと建物見学を楽しむことができました。
「旧遠藤家住宅」の手前の建物は、「かやぶき屋」という民宿になっていました。ここで、一泊するのもいいかなって思いました。というのも、大学を卒業したての頃、白川郷の合掌造りの民宿に宿泊して感動したものですから。。。
横から見た姿は、とてもかっこいいものです。お気に入りの写真の一枚です(^^)v