SCHUBERT : Compendium and full discussion of Composition No.5
シューベルト:作品 大系&詳述 5
第4期(中期後半)1822.10 - 1825.02 『試行錯誤の規模拡大期』 D759 - D832 2年4ヶ月(25才 - 28才)
ミサ曲第5番完成直後に大交響曲「未完成」ロ短調D759 に着手する。
大交響曲は、オーケストラスコアは 1822.10.30着手だが、その前段階のピアノスケッチが大々的に残っている。第3楽章スケルツォは主部が112小節で完成しており、トリオ部は16小節残っている状態でオーケストラスコアに着手したので、トリオ部は短い予定だったのだろう。オーケストレーション開始して数日が経ち11月に入ったところで、それまでのシューベルトには無かった「好条件の作曲依頼」が舞い込んで来た。
ピアニスト=リーベンベルク から、「出版費用を負担した上での作曲依頼 → 「さすらい人幻想曲」作品15 D760
作品14 までの出版は「シューベルティアーデの友人たち」が費用負担をした「自費出版」だったので、この条件は破格! すぐに着手 → 完成させ、何と 1823.02.23 には出版にまで漕ぎ着ける超スピード!!
・・・で、「さすらい人幻想曲」完成時には、大交響曲ロ短調への興味を失っていた、と言うのが ヒルマー たちの学説であり、私高本も賛同する。
「さすらい人幻想曲」は、シューベルト自作のリート(または劇音楽)から大器楽曲を創作する、と言う新たな手法
を産み出した。第4期のこのタイプの楽曲を一覧しよう。
「さすらい人幻想曲」ハ長調作品15 D760 1822.11作曲 ← リート「さすらい人」D489作品4/1, 1816.10作曲(シュミット詩)
ピアノソナタ第14番イ短調D784 1823.02作曲 ← 4重唱「自然の中の神」D757 1822.08作曲(クライスト詩)
「鱒」ピアノ5重奏曲イ長調D667 1823夏作曲 ← リート「鱒」作品32 D550 1816末 - 1817.07間に作曲(シューバルト詩)
「萎んだ花」変奏曲ホ短調D802 1824.01作曲 ← 連作歌曲集「美しき水車小屋の娘」第18曲「萎んだ花」1823.10 - 11作曲(ミュラー詩)
8重奏曲ヘ長調D803 1824.02作曲 ← オペラ「サラマンカの友人たち」第12曲ラウラとディエゴの2重唱D326/12 1815.11.18 - 12.31作曲(マイヤーホーファー台本)
弦楽四重奏曲第13番イ短調「ロザムンデ」D804 1824.03作曲 ← 第2楽章:劇音楽「ロザムンデ」第5曲「間奏曲」D797/5 1823.10.03以降 - 12.19作曲(シェジー台本) & 第3楽章:リート「ギリシャの神々」からの断片D677 1819.11作曲シラー詩)(断片の呼称はシラーの長い長い詩の1部を取った、の意味で完成した曲)
弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」D810 1824.03 - 作曲 ← リート「死と乙女」D531作品7/1 1817.02作曲(クラウディウス詩)
この第4期に集中しており、第5期には 1827.12 に即興曲集第2集のD935/3 と 「わが挨拶を送らん幻想曲」D934 の2曲が出現するだけである。
古くは1815年末の「サラマンカの友人たち」(「魔王」と同時期!!!)から、新しいところでは 1823年末の、しかも未出版の「美しき水車小屋の娘」D795作品25 や 「ロザムンデ」D797作品26 までが駆使されている。シューベルト自身に拠る選択眼にかなった作品ばかりである。
ミュラー や シラー の詩は「変奏曲主題」や「楽章主要主題」に起用されるが、ゲーテ は起用されない
は大切な点。「ゲーテの詩」は主張が強すぎる、とシューベルト はこの第4期から感じていたのである。これは第5期に至るとさらに進行する。
ここに挙がった曲は左側だけでなく、右側も大切な曲。シューベルト自身が劇音楽では「サラマンカの友人たち」と「ロザムンデ」を名作! と感じていたこと、などがはっきり理解できる。尚、「アルフォンソとエレストレッラ」は「冬の旅」で借用されるので、同等以上の扱いであることもここに付記しておきたい。
1つ注釈を付けておく。弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」はおそらく1823.03着手だが、完成は5月か6月まで掛かった様子。6月着手の連弾ピアノソナタ第2番ハ長調D812 までに1曲の4重唱しか存在しないからである。自筆原稿は第2楽章の第142小節までしか残っていないので、5月か6月かまでは再発見されない限り断定できない。
「鱒」ピアノ5重奏曲 は、1823年の作曲である。チェロパート と コントラバスパート の分離は、ミサ曲第5番D678着手1819.11以降しかあり得ない、からである。
1819夏に チェロパート と コントラバスパート を分離した曲を作曲、はシューベルトにはあり得ないのである。
「シューベルト研究」は「ベートーヴェン研究」や「モーツァルト研究」に比較して「楽譜を重視」していない事実
をここに明記する。第3期の最重要作品を「リート派」も「器楽派」も全く研究していないのである><
・・・で、この第4期で最も重要な作品は、「歌曲や劇音楽を主題に持つ器楽曲」では無い。