沖縄の海底熱鉱床から、鉱物採掘に成功したというのが、数カ月前の毎日新聞に出ていた。こういうのが実際に採掘できるようになれば、日本ひいては日本人の生活もだいぶ豊かになれる!
海洋資源調査船「白嶺」。後部からは集鉱試験機が海中に降ろされようとしている=経済産業省提供
日本は全国各地に温泉が湧き出るが、海底にも同じように熱水を噴出する場所がある。その中には豊富な金属資源が眠る「海底熱水鉱床」があるという。これまでは深海からの大量の鉱物の引き揚げは困難とされてきたが、今年夏、経済産業省が主導した試験で世界で初めて海底熱水鉱床から洋上への連続的揚鉱に成功した。海底鉱物資源獲得への一歩となるのか。商業化への期待が高まる。
海底熱水鉱床は、海底のマグマ活動のある場所にしみこんだ海水が熱せられ、金属成分を伴って噴出することで生まれる。噴き出された熱水は一転、海水で冷却され、金属成分が沈殿する。沈殿により造られた煙突状の構造物(チムニー)は成長と停滞、倒壊を繰り返し、長い年月をかけ堆積する。この沈殿物が丘状の地形(マウンド)を形成し、銅や亜鉛、金、銀などを含む鉱床となるわけだ。
今回の試験には同省から委託を受けた石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を主体に6社1研究機関によるコンソーシアム(共同企業体)が参加。8月中旬から9月下旬にかけ、沖縄近海で海洋状態や気象条件の良い日時を選び、複数回に分けて実施した。
まず、実施の前にJOGMEC所有の調査船「白嶺」から水深1600メートルの海底熱水鉱床に採掘機を降ろし、鉱石の掘削・破砕を行った。試験は白嶺から降ろした集鉱機で鉱石を集め、近くに待機する揚鉱船に海水とともに引き揚げるというものだった。揚鉱船はコンソーシアムに参加した深田サルベージ建設の多目的船「ポセイドン1」で、同船からは大型水中ポンプと円筒形の揚鉱管が鉱床に降ろされた。
深海での作業は圧力との戦いでもある。10メートルごとに1気圧増加するから、採掘現場は160気圧に達する。当然、各種の機械はこれに耐え得る強度が求められる。さらに鉱石の比重を考慮すれば、連続的揚鉱には強力な設備を用意しなければならない。コンソーシアムの三菱重工業は集鉱機と大型水中ポンプを、新日鉄住金エンジニアリングは鉄製の揚鉱管を、清水建設は海水と鉱石を分離する船上設備などを担当。それぞれが開発・製作に技術を傾注した。予算は集鉱機のみで約20億円、準備費用や用船費、各種機械などを含めると総額約70億円という。
洋上までの引き揚げは毎秒3.8メートルで7分程度を要した。複数回に分けて引き揚げた鉱石の総量は16.4トン。今後、成分分析を進めるほか、海水の濁り具合や海洋生物への影響など環境モニタリング測定を行うが、試験の主たる目的は集鉱や揚鉱の技術検証と各種データの取得にあったという。同省の大東道郎・鉱物資源課長は「所期の目的は達成できた」とし、「将来、鉱石を自国で産出できれば、輸入の際、海外との交渉力にもなる。日本は18世紀に銅の生産国だったが、再び資源産出国になり得る夢のある話では」と試験の意義を語る。
今回の試験は政府が2013年4月に閣議決定した海洋基本計画に基づいている。同省も14年に海洋エネルギー・鉱物資源開発計画を策定し、周辺海域の海底熱水鉱床の資源量調査や技術研究を進めてきた。
一方、JOGMECは1985年から海底熱水鉱床の調査を始めている。JOGMECは石油公団と金属鉱業事業団を統合し04年に設立された。同事業団はすでに70年代にマンガン団塊など海底鉱物資源の探査に取り組んでいた。海底熱水鉱床の調査では当時、米国、フランスが先行していたが、後れをとるなと、85年にメキシコ沖公海の海底調査を開始。この調査は10年にも及び、鉱石を採取するなど一定の成果を得た。その後、日本の排他的経済水域(EEZ)でも鉱床が見つかり始め、沖縄近海で5年間、伊豆・小笠原海域で4年間調査を続けた。一旦中断するが、10年ほど前から海底熱水鉱床の探査を再開している。廣川満哉・金属資源技術部長は「背景には金属価格の上昇があるが、資源獲得の動きが活発化する中国に翻弄(ほんろう)されないためにも国内の安定供給を目指す必要があったからだ」と説明する。
これまで、JOGMECは沖縄近海で7カ所、伊豆・小笠原海域で1カ所の海底熱水鉱床を見つけている。うち鉱物資源量が確認できたのは2カ所で、残り6カ所の確認も急いでいる。2カ所は沖縄本島の北北西にある伊是名海穴と伊豆・八丈島の南のベヨネース海丘。伊是名海穴の資源量は東京ドーム2杯分の740万トン。陸上の平均的鉱床が300万トンというから、2.5倍の規模になる。しかし、740万トンに含まれる亜鉛は日本の年間消費量の1年分、鉛は半年分、銅に至っては年間消費量の3%に過ぎない。JOGMECの岡本信行・特命調査役は「鉱山は最低20年は持たないと成り立たない」と述べ、このクラスの鉱床では採算が合わないようだ。
ただ、日本のEEZには海底熱水鉱床がさらに10~20はあるとも言われる。また、すでに確認されている沖縄県・久米島沖の鉱床から採取した四つの鉱石の分析では、平均で銅が4.7%、鉛が7.6%、亜鉛が6.0%、金は1トン当たりにして2.9グラム、銀は同842グラムと高品位だった。伊是名海穴では銅0.4%、鉛1.4%、亜鉛5.8%、金1.5グラム、銀96グラムだから、品質の差は著しい。鉱床によっては高品位の鉱石が大量に出てくる可能性もある。
今回の試験は次の段階への試金石という面もある。EEZにある南鳥島海域の水深2000~5000メートルにはコバルトリッチクラストがあり、銅、ニッケル、コバルト、白金が含まれ、5000~6000メートルにはレアアース泥があるという。1600メートルの海底熱水鉱床からの揚鉱技術の確立と商業化が実現しなければ、これらへのチャレンジは一層難しくなるだろう。
海底熱水鉱床の商業化について、大東課長は「海洋基本計画では『平成30年代後半以降に』民間プロジェクトが動き出すよう推進するとしている。まずは民間企業が参画し投資できるようにしなければならないだろう」と話す。深海での採掘、洋上への揚鉱、陸上への輸送と海底資源開発には陸上鉱山に比べると多額のコストがかかる。それだけに「銅や金という経済価値のある鉱物を見つけていきたい」と廣川氏は述べ、「探査し切れていない所がまだまだある」と目を輝かせてもいる。