日経が、『中国データ圏、米の倍に 攻守逆転で深まる分断』と報じているが、着々と進む、中国の覇権政策。バイデン大統領は、習主席と渡り合えるのだろうか?なお、データ圏とは、国境を越えてやり取りされるデータ量の多さで区分けした領域図の事で、中国圏が米国圏の倍になっている。
インターネットの分断を意味する「スプリンターネット」が現実になりつつある。世界を1つにつなぐネットは国家のエゴに縛られ、国際社会を揺らす。米国1強のサイバー空間の秩序も崩れ、データエコノミーの勢力図が一変する。豊かさとイノベーションを育む土壌を守れるか。データの世紀は試練に向き合う。
9億人が使う世界最大のネット市場を国内に抱えるだけではない。中国は海外とのやり取りでも、既に米国の2倍の情報量を手中にする「データ超大国」になっていた。日本経済新聞が国境を越えて流通する「越境データ」量の推移を分析したところ、そんな事実が明らかになった。
国際電気通信連合(ITU)と米テレジオグラフィーの統計をもとに、ネット通信が盛んな主要11カ国・地域を抽出。1秒あたりに送受信するデータ容量を比べた。世界中から越境データを多く集めるほど人工知能(AI)やIT(情報技術)の開発で優位に立て、経済競争力が高まる。
2019年を見ると、中国(香港含む)には世界を巡るデータの23%が集中し、シェアが最大だった。2位の米国は12%どまりだ。米国はネット勃興期の01年から1強を守っていたが、中国が猛追して14年に逆転した。以降は中国の影響力が各地に広がる。
米カリフォルニア州に住む中国人技術者、シャオ・ジャンさんらは8月、米政府に訴訟を起こした。「米国でも1900万人が使い、日常に欠かせない」。中国の対話アプリ「微信(ウィーチャット)」を禁止する大統領令に猛反発した。
トランプ政権は中国への不正なデータ送信を疑い、情報流通を断つ「兵糧攻め」に動いた。しかし既に力関係は一変。中国は米国に頼らずとも、世界の情報覇権を握る存在になっていたのだ。
中国の力の源泉はアジアとの結びつきだ。01年には中国に出入りする越境データの45%が米国とのやり取りだったが、直近は25%にまで低下。代わりに対ベトナムが17%、シンガポールが15%と急上昇した。日本を含めると、全体の約半分はアジアが相手だ。
中国は広域経済圏構想「一帯一路」を進め、アリババ集団やテンセント(騰訊控股)といった民間の海外進出を後押ししてきた。アリババ傘下のアント・グループはスマホ決済「支付宝(アリペイ)」を55カ国以上で提供し、13億人が使う。
11月にはそのアントの上場に待ったをかけ、これまで深く干渉してこなかったIT産業への統制をにわかに強める。国家主導であらゆるデータをかき集める異形の情報勢力圏が膨張する。
一方の米国。中国のITインフラやアプリの排除に次々と手を打つが、肝心の自由主義陣営をまとめきれない。
「米国の個人データ保護ルールは不十分だ」。欧州司法裁判所は7月、米欧間の個人データ流通の枠組みを無効とする判決を出した。テロ対策で外国人を通信傍受する米当局などの姿勢を問題視したためだ。中国の個人情報吸い上げを警戒する米国が、皮肉にも同じ理由で非難された。
米国は「深く失望した」(ロス商務長官)と態度を硬化。間に立つ日本の落胆は大きい。19年に安倍晋三前首相が世界に提唱した「DFFT(信頼ある自由なデータ流通)」構想が崩れかける。インドなどの新興国も離れ、経済産業省幹部は「T(信頼)が壊れた」と嘆く。
世界を行き交うデータの流れが急激に滞る。異変はネットが生んだ「知のゆりかご」にも及ぶ。
世界で5千万人以上のITエンジニアらが使うプログラム共有サイト「GitHub(ギットハブ)」。国籍を問わないソフトの共同開発の場として数々のイノベーションを生んだ。米調査会社フォレスター・リサーチのチャーリー・ダイ氏は「中国系技術者に中国独自サービスを使う機運が出ている」と話し、変化の兆しを指摘する。
ギットハブは米マイクロソフトの傘下だ。米中摩擦で利用が制限されることを恐れ、一部の利用者が中国の類似サイト「Gitee(ギッティ)」に流れているという。ある中国人エンジニア(28)は「中国企業が今後参入し、規模も大きくなる」と期待する。
ネットが割れれば、自前でデータを調達できる国ほどAIやアルゴリズムを進化させやすくなる。技術開発や経済成長が人口頼みのゆがんだ力勝負となりかねない。既にその兆候は出ている。
米アレンAI研究所によると、世界のAI研究に欠かせない引用回数上位1割の「トップ論文」中、中国のシェアは18年に26.5%に達した。5%未満だった20年前から躍進し、首位の米国(29%)に肉薄する。調査担当のカリッサ・シェーネック氏は「あと数年で米国を抜く」とみる。
割れるネットの弊害は一部の人口大国を利することだけではない。コロナ禍、環境問題、差別や格差。ネットは本来、世界の英知を結集して共通の問題を解決する現代の利器のはずだ。その機能不全は世界から可能性を奪っていく。
「より良いウェブ作りを諦めれば、ウェブが我々を見捨てる」。ネットの父と言われるティム・バーナーズ=リー氏は警鐘を鳴らす。ネットに亀裂があり続ける限り、それだけ人類の進化の足取りも重くなる。
■劣勢の日本 国またぐ情報伸び悩み
この20年間で日本に出入りするデータ量が伸び悩み、ネット通信が活発な主要11カ国・地域で最下位となったことが日本経済新聞の調査でわかった。データ経済の下では、良質で多様な情報をどれだけ集めるかが競争力を左右する。劣勢を挽回しなければ、人工知能(AI)など最新技術の開発でも世界に取り残されかねない。
ITUの統計をもとに2001年から19年までのデータ量の推移をみると、11カ国・地域の中で日本は01年には欧米諸国に続く5位だったが、18年から単独最下位に転落した。
データ量は増えたが、諸外国の伸びに追いつかず順位を下げた。01年に中国(香港含む)の1.5倍あったデータ量は、今や逆に中国のたった5%だ。
特にアジアの新興国の躍進が著しい。01年時点と比べると、シンガポールのデータ量は約3000倍、ベトナムは約230000倍になった。日本の伸びは約225倍にとどまり、対照的だ。16年までに両国ともにデータ量で追い抜かれ、それ以降差が広がっている。
日本が出遅れた理由について、世界のデータ流通に詳しい経済協力開発機構(OECD)経済産業諮問委員会の横沢誠氏は「日本型のデータビジネスはグローバルに開発されていない」と指摘する。
日本にはヤフーや
楽天、LINEなど有力なネット企業があるものの、LINEなど一部が東南アジアに進出しているのを除き、大半は国内での展開にとどまっている。グーグルやフェイスブックなど世界的にサービスを提供するネット企業をほとんど持たないことが、日本の越境データの伸びにつながらなかった可能性がある。
東南アジアではシンガポールなどが国際ビジネス拠点として急成長している。中国系の動画サービスが急速に普及していることも、東南アジア諸国と中国のデータ量の押し上げにつながった一因とみられる。
日本を取り巻く、世界の状況も激変している。データを巡る各国の力関係を探るため、次に米データ会社テレジオグラフィーの統計を入手。11カ国・地域それぞれの、通信相手国の内訳を分析した。ITUの越境データ総量の調査と合わせると、米欧中の3つの情報経済圏が越境データの獲得でしのぎを削る様子が浮かんだ。
中国(香港含む)は01年から直近までに越境データ量が7500倍に膨れ上がり、世界最大となった。データ経済の成長が目立つ東南アジアでの影響拡大が目立つ。アジア諸国はかつて米国とのデータのやり取りが主だったが、中国に針路が変わった。
シンガポールとベトナムの越境データを合計して通信相手のシェアをみると、対中国の割合が01年の11%から直近は21%に上昇していた。一方で対米国は37%から6%に低下。対日本も15%から5%に下がった。東南アジアには中国のネット企業の進出が活発だ。サービスを通じて多くの顧客からデータが集まる。
米国はデータ量が世界一だった01年には、英仏独の3国とのやり取りの合計が全体の43%あった。2位に転落した後はつながりが薄れ、直近では対欧州3国の割合が15.3%まで低下。代わってブラジルが15.4%と最大の相手になった。ネット黎明(れいめい)期と比べて世界全体への米国の影響力が薄れているのは否めない。
欧州はインドやロシアなど"データ新興国"との関係を深めている。インドは01年以降にデータ量を2万倍以上にし、欧州3国との割合が11%から44%に増えた。ロシアも15%から33%へと対欧州の割合が高まっている。
日本の越境データ全体に占める割合では対米国が81%から41%に縮小した一方で、対中国が11%から28%に急上昇した。シンガポール・ベトナムとのやり取りは2%から12%に増えた。
データ量が増えた国では、いずれも巨大IT(情報技術)企業が育っている。中国は「BAT」と呼ばれる百度(バイドゥ)、アリババ集団、テンセントなどが世界に進出。シンガポールも政府主導の外資導入策で国際ビジネスの一大拠点となった。一方で、日本のスタートアップは日本国内での成長にとどまり、世界規模になった例はほとんど見当たらない。
各国の激しいつばぜり合いの間に挟まれる日本。まずはデジタル庁の新設など、社会全体のデジタル化を急ピッチで進めようと構える。各国に引き離されたデータ力の差を、どこまで縮められるのか。日本の真価が問われる。