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ご隠居さん・今は昔

2006年12月23日 | 一行法師

「ご隠居さん」近頃耳にしない言葉。

落語とかに出てくる「ご隠居」、水戸黄門のドラマでご老公は、越後の木綿問屋の「隠居」と言うことで通しているが、最後に三つ葉葵の紋章の印籠が出て、「ひかえ 居ろおう」で収まる。隠居で思いつくのはそれくらいだ。

現役を引退したり、代を息子に譲って悠々自適で「楽隠居」と言う世界は無くなり、ただの爺いが通り相場。 あげく定年を70歳にあげようと言う話も出ている。 「隠居」と言う言葉は、遙か昔に死語となっていたんじゃ。

吉天が、四歳ぐらいのとき本物のご隠居さんの生活を見て、「誰でも年をとると、こんな暮らしが出来るんや。」と思とった。

たぶん、太平洋戦争が始まったばかりの頃、遠い親戚で、そのご隠居さんのうちへ祖母に連れて行ってもらったときの事だった。

平屋で広い庭に、趣味の万年青(おもと)の鉢がたくさん並んでいて、庭には大きな泉水(池)に真鯉や緋鯉が悠然と泳いでいる。

昼間は、その万年青の手入れで、葉の一枚一枚を筆に水を含ませ丹念に拭いては眺めて観賞するのが楽しみ。

夕刻からは、庭に張り出した広縁で、すき焼きか 何かを、つつきながら、老妻と燗酒をちびりちびりとやり、鯉に餌をやる。

ポンポンと拍手を打つと、条件反射でたくさんの鯉が群がってよってくる。そこへ焼き麩(棒麩)をちぎっては投げると、鯉は大きな口をあけ我勝ちにと食いついてくる。

子供心に、ご隠居さんて いいなあ~と思ってましたよ。その後戦争が激しくなって、その老夫妻のご隠居は終戦を知らずしてお亡くなりになったので、幸せな人生をまっとうされたことでした。

年金だけでは、隠居は出来ない現代。

アクセクして、アクセス増やして何になる。

せめてブログを不老愚に読み替えて勝手気侭なご隠居で行きやしょうじゃ ありませんか。