我輩は、三本足で前足が欠落して「招き猫」の格好は出来ない。
命の恩人の老婆について言うならば、三食の餌と雨風をしのぐ小屋とテントを提供してくれている。毎日のことだから有り難い。
お互い恩に着せるでもなく、恩に着るでもなく、他人行儀な関係ではないので婆のこと「オンジン」などと持って回った呼び方はやめようと思う。
婆は、晴雨関係なく、長靴を履いて表に出ている。
そこで我輩は、長靴を履いた婆、「長靴婆さん」と呼ぶことに決めた。
かって「長靴を履いた猫」の話を聞いたように覚えているが、その逆バージョンだ。
近頃若い子のファッションで、ブーツのような長靴のようなのが流行っているように聞くが、そんなおしゃれの話ではない、昔ながらの「ゴム長」だ。
「長靴婆さん」は、広い屋敷に二世帯住宅で住まっている。
ご主人の爺さんは、もっぱら家の中にいて、娘さんは外にお勤めし孫もいる。
どちらかと言うと、家の中にいるのが、うっとうしいらしくて 表に出て愛犬のマロンをひいたり、抱っこして、ふらふらとその辺を歩きまわっている。
手拭いを頭にかぶり、ゴム長を履いいるのが、標準スタイルである。
美容師の娘さんが、ときに「長靴婆さん」の髪を綺麗にセットしてくれると、別人のように変身するが、また手拭いの「姉さんかむり」で、元に戻っている。
本来シャイな性格らしく、人に話しかけられたり、声をかけるのが億劫で、人影を見ると すいっと自宅のほうに姿を隠すのが常であった。
ところが、我輩を救ってくれたあたりから、全くの人見知りの風が変わって、毎日のように前を通るそのあたりの爺さんには、口を利くようになった。
その爺さんは、大黒さまのように大きな荷物を背負って駅の方に行き来している。
「今日は、雨ふっかねー」とか、「今、何時だっぺ」とその爺さんに声をかけるようになった。
「長靴婆さん」は、たいてい表に出ているので、大黒爺さんは行きも帰りも出会うことになる。
そのたびに話しかけて、人見知りが無くなり社交性がでてきた。
大黒爺さんが、信号を渡るときは「気をつけて、言ってらっしゃい」と送っている。
最初のころのように、物陰に隠れる事も無く、まさに「長足の進歩」だ。
いや「長靴の進歩」か。
つづく