「ゴールデンウィーク」に故郷へ帰ったり、親戚の人と会ったりする人も多いと思いますが、私も昨日「光市」に行き、東京や大阪からかえった親戚と合流し、ここ「梅の里」へ出かけました。
9名で久しぶりに再開し、昼食の後このあたりを散策しましたが、「ゴールデンウィーク」ということもあって、園内はかなりの人でにぎわっていました。
園内では「牡丹の花」が見られ、その色彩の美しさに心奪われながらの散策となりました。
「牡丹の花」を見るうちに、誰かが「横山大観」の名前を出し、そのうち日本画の世界まで話が発展すると、私が気づいたのは「日本人」は「繊細な色」が好きであると言うことでした。
「牡丹の花」をとってみても、「真っ赤」な花よりは、「ピンク色」の花や淡い感じの色の変化が見れる花が好きであることがよくわかります。
急激な変化よりは、季節ごとに少しづつ変化する色合いに、我々は気づかないうちに心のどこかにその面影を宿しているのかも知れません。
また、「足立美術館」という話も出ましたが、こうした景色を見ていると、そこにどこかで見た画像がよみがえってくるようでした。
話を元に戻すと、「もののあわれ」や「侘び」「さび」という、日本人しか理解できない世界があることに気づきます。
そうしたものは、こうした「繊細な色合いの植物」に囲まれて育った我々の好みかも知れません。
この木を見て、何人かの人が「はじめて見た植物」と言っていましたが、どこか「アジサイ」に似たこの木は、日本人の心をひきつける繊細な部分があるように思えました。
係りの人に聞いても、名前を知らないのでますますこの木のことが気になり、魅力のあるものにしてしまいました。
「ゴールデンウィーク」にいろいろな人と話をすると、今までの単調な生活空間の中に新たな視点が増えてきて、とてもいい勉強になります。
特に最近のように「核家族」の傾向にあり、人と接触する空間が少なくなると、他の人の考えやとらえ方が見えにくくなります。
こうしてたくさんの人が集まった時こそ、何か今までに見えなかったものが見えてくる空間があると、つくづく考えてしまうひと時でした。
それは別の言葉で言うと「豊かな空間」と言うこともできます。「効率」や「合理的な考えかた」がはびこっている現代、「人とのつながり」や「そこから生まれる生きた発想」、そうしたものがとても大事な時代にきているのではないかと、感じてしまいます。
「美」とはある意味では「調和の世界」であり、「自然と人」とのつながりの中からうまれるもので、決して「l機械文明」によって生み出されるものではないと言うことがわかります。