子供のころから不思議だったことに、
「なぜ、頭を移動しながら見ても、
画像がぶれないのだろう?」
ということがありました。
というのも、子供のころ映画館のスクリーンで、
そのような状態(いわゆるパンした状態)の映像を見ると、
ピンボケなどで非常に見づらく感じるのに、
自分の目で同じような感じでものを見ても、いたってスムーズで違和感がないのだから。
ですので、それは目とカメラの性能の差であって、
「多分目は機械式のカメラよりも優れているから、瞬時にピントが合うためだろう。」
と勝手に納得しておりました。
ですが、その後、カメラがどんどん進化し、瞬時にピント合わせできるものが登場したりしたのにもかわらず、
相変わらずパンした映像は非常に見づらい。
ということは、どうも単純にカメラ(目)の性能ではなく、
どうも、その先にある情報処理に原因があるのではないかと思うようになりました。
実際よく知られているように、人間の目に映った映像は網膜上では上下反対に写っております。
(目はピンホールカメラなのでどうしてもそうなります。)
でも、私たちはそれを上下反対にはなく、ちゃんと正しい位置関係で認識できています。
これは視神経から伝わった映像の情報を、脳内で正しい位置に変換してから認識しているから。
(子供の頃は、「もしかしたら、世の中全部さかさまなのかも?」とか思いわくわくもしました♪)
つまりこれと同じように、何らかの処理によりパンした画像もスムーズになっているのでは?
とそう思ったのです。
で、ある時その疑問を思い出し少し調べてみると予想通り、
というか、むしろ予想以上のことだったのでびっくり!
ああいう場合の映像は、
「脳が自動的に不要部分をカットした編集後の映像」
を見ているのだとか!
つまりどういうことかといいますと、
前述のように私たちの見ている映像は、目からの情報を脳内で編集したものであるから、
いくら頑張っても、実際に見れる(認識できている)のは過去の映像。
しかもその映像は、過去の経験からの無意識に編集されたものであるとのこと。
だから先ほどのパンした画像の場合だと、脳がこんな感じで判断するそうな。
・視点が移動するから、気持ちの悪い映像になるな。
→じゃあ、移動中の視線は不要だからカットだ。
→で、カットした空白部分は前後の映像を張り付けてスムーズにしよう。
むろんこれは、先ほども言ったように経験からくる無意識のものなので、
実際見るという経験に乏しい、赤ん坊や、もしくは盲状態からの回復直後の人の場合だと、
パンした映像は映画のそれに近いものと推測されます。
これは、目からの情報が脳が処理しきれなくなるからなので、
私らが、激しい動きの中で目を回すのも同じような感じ。
また逆に言うと、自分で意識してやっているわけではないため、
私たちが映画のように気持ち悪く見ようと肉眼で頑張ってもそれは無理。
少しわかりにくいですか?
ではこういう経験は皆さん一度はあるでしょう?
たまたま見た時計の秒針が、
ぴたっと1秒以上止まって見えた。
この時も、まさに先ほどと同じことが脳内で起こっているのですよ。
つまり、移動している秒針の動きは目でとらえるには難しいため、
脳が不要な映像と判断し、移動中の映像をカットしその部分に移動前の映像をペタリ!
で、そのあといきなり移動後の映像がくるので、
移動前の状態が実際以上に長く感じられるため、
体感的には「時間が止まった?!」というような感じに陥るのです。
でもこれもやはり無意識のなせる業なので、
もう一度見てみたいと思いその後何度試しても多分無理。
でもなんか、ああいう時って本当に時間を止めれたみたいで嬉しくなりません?
まあ、ある意味時間をぶった切ってワープさせているともいえるから、
そういう意味では時間を操っているともいえるのかな?
「なぜ、頭を移動しながら見ても、
画像がぶれないのだろう?」
ということがありました。
というのも、子供のころ映画館のスクリーンで、
そのような状態(いわゆるパンした状態)の映像を見ると、
ピンボケなどで非常に見づらく感じるのに、
自分の目で同じような感じでものを見ても、いたってスムーズで違和感がないのだから。
ですので、それは目とカメラの性能の差であって、
「多分目は機械式のカメラよりも優れているから、瞬時にピントが合うためだろう。」
と勝手に納得しておりました。
ですが、その後、カメラがどんどん進化し、瞬時にピント合わせできるものが登場したりしたのにもかわらず、
相変わらずパンした映像は非常に見づらい。
ということは、どうも単純にカメラ(目)の性能ではなく、
どうも、その先にある情報処理に原因があるのではないかと思うようになりました。
実際よく知られているように、人間の目に映った映像は網膜上では上下反対に写っております。
(目はピンホールカメラなのでどうしてもそうなります。)
でも、私たちはそれを上下反対にはなく、ちゃんと正しい位置関係で認識できています。
これは視神経から伝わった映像の情報を、脳内で正しい位置に変換してから認識しているから。
(子供の頃は、「もしかしたら、世の中全部さかさまなのかも?」とか思いわくわくもしました♪)
つまりこれと同じように、何らかの処理によりパンした画像もスムーズになっているのでは?
とそう思ったのです。
で、ある時その疑問を思い出し少し調べてみると予想通り、
というか、むしろ予想以上のことだったのでびっくり!
ああいう場合の映像は、
「脳が自動的に不要部分をカットした編集後の映像」
を見ているのだとか!
つまりどういうことかといいますと、
前述のように私たちの見ている映像は、目からの情報を脳内で編集したものであるから、
いくら頑張っても、実際に見れる(認識できている)のは過去の映像。
しかもその映像は、過去の経験からの無意識に編集されたものであるとのこと。
だから先ほどのパンした画像の場合だと、脳がこんな感じで判断するそうな。
・視点が移動するから、気持ちの悪い映像になるな。
→じゃあ、移動中の視線は不要だからカットだ。
→で、カットした空白部分は前後の映像を張り付けてスムーズにしよう。
むろんこれは、先ほども言ったように経験からくる無意識のものなので、
実際見るという経験に乏しい、赤ん坊や、もしくは盲状態からの回復直後の人の場合だと、
パンした映像は映画のそれに近いものと推測されます。
これは、目からの情報が脳が処理しきれなくなるからなので、
私らが、激しい動きの中で目を回すのも同じような感じ。
また逆に言うと、自分で意識してやっているわけではないため、
私たちが映画のように気持ち悪く見ようと肉眼で頑張ってもそれは無理。
少しわかりにくいですか?
ではこういう経験は皆さん一度はあるでしょう?
たまたま見た時計の秒針が、
ぴたっと1秒以上止まって見えた。
この時も、まさに先ほどと同じことが脳内で起こっているのですよ。
つまり、移動している秒針の動きは目でとらえるには難しいため、
脳が不要な映像と判断し、移動中の映像をカットしその部分に移動前の映像をペタリ!
で、そのあといきなり移動後の映像がくるので、
移動前の状態が実際以上に長く感じられるため、
体感的には「時間が止まった?!」というような感じに陥るのです。
でもこれもやはり無意識のなせる業なので、
もう一度見てみたいと思いその後何度試しても多分無理。
でもなんか、ああいう時って本当に時間を止めれたみたいで嬉しくなりません?
まあ、ある意味時間をぶった切ってワープさせているともいえるから、
そういう意味では時間を操っているともいえるのかな?