エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XVIII-5

2022-02-02 11:14:35 | 地獄の生活

というわけで彼は勢い込んで若い男の後をつけていった。それは二十二、三歳の男で背の高さは平均より少し高いぐらい、純粋な金髪でしばたたく目を持ち、顔色は青白く、口元にカイゼル髭を生やしている以外顎髭はなく、髭の色は髪の色より濃かった。彼の無造作な服装は計算し尽くされたもので、多くの人が最高のエレガンスだと考えていたが、実際はその正反対だった。彼の姿勢、口髭、片方の耳を覆うように被られた丈の低い帽子は、傲慢で自惚れた喧嘩っ早そうな印象を与えていた。

 「へっ、いけ好かない野郎だ」とシュパンは彼のあとをつけながらぶつぶつ呟いた。シュパンも前を行く男と同じように殆ど駆け足になっていた。その男がどうしてそんなに急いでいたかはすぐに分かった。彼は一通の手紙を送らなければならなかったのだが、メッセンジャー(当時パリの街角ではこのような伝令が待機し、手紙を相手まですぐ届けるという習慣があったようである)がなかなか見つからないので焦っていたのだ。が、ようやく一人見つけたので、呼び止め、手紙を渡すと途端にゆっくりと歩き始めたのであった。

大通りに出ると赤ら顔の太った背の低い青年が彼に近づいてきた。着飾った無骨者といった風情で、親しげに両手を広げ、道行く人が振り返るほどの大声で呼びかけた。

 「おーい! そこ行くのはウィルキーじゃないか!」

 「そうだよ、正真正銘の本人だ」と若い男が答えた。

 「だよな! 一体どこに雲隠れしてたんだよ? この前の日曜、競馬場でさんざんお前さんのこと探したんだよ……けど影も形もなかった。まぁしかしお前さん、来なくて運が良かったよ。俺ったらさ、三百ルイ持って行ったんだよ。で、ド・ヴァロルセイの馬に有り金を賭けたんだ。ドミンゴって馬だ。楽勝だと思ってたさ……そうとも、確信してた!……ところがどうだ、ドミンゴはしょぼい三位になりやがんの……そんなのってありかよ? もしヴァロルセイが百万長者だってことを知らなかったら、これはイカサマだって思ったところだよ。彼が自分の馬以外のに賭けて、お抱えのジョッキーに一番になるな、と命令してたっていう」

 しかし彼は実際にはそう思っていなかったようで、陽気に次のように付け加えた。

 「ま、いいさ、俺は明日ヴァンセンヌで挽回するから。お前さんも行くかい?」

 「多分ね」

 「じゃ、明日な」

 「ああ、明日」

 彼らは握手を交わし、それぞれ別の方向に立ち去って行った。シュパンは彼らのやり取りをすべて一語も洩らさず聞いていた。

 「百万長者のヴァロルセイ!」と彼は自分に呟いた。「ほう、これは良い情報じゃないか! ……よしこれで、と……あの若造の名前が分かったぞ……それに競馬場通いして金をはたく奴だってことも。ウィルキーだって?……イギリス人の名前じゃないか。ダルジュレの方が俺は好きだね……それにしても彼奴、一体どこへ行くつもりなんだろう?」2.2

コメント