美男の子爵の顔をしげしげと見た後、今度は彼の身体つき、歩き方、身振りなどをじっくり観察したが、そうすればするほど自分が最初に抱いた印象に間違いはないと確信が深まった。そして自分の記憶が頼りにならないことに苛立ちながら、結局名前に大した意味なんかないのだと自分に言い聞かせた。
しかし二人の青年がカフェの入口近くに座って飲んだり葉巻を吹かしたりしている間、このことに気が取られていたおかげで、歩道を行ったり来たりして潰す時間が短く感じられるという好ましい側面もあった。
シュパンを憤慨させたのは、彼らが桟敷席の切符を持っていながら、長々とそこに居続けることであった。
「考えなしの阿呆どもめ!」と彼は口の中で罵った。「あいつらは芝居が半分終わった頃に入って行って、わざとお客さんの邪魔をするんだ。大きな足音を立てて歩いて……どうしようもない馬鹿者だ!」
まるでその悪口が聞こえたかのように、彼らは立ち上がり、ほどなくヴァリエテ劇場に入っていった。二人は入ったが、シュパンはややしょんぼりと通りに立ったまま、猛烈な勢いで頭を掻き毟っていた。想像力を働かせようとするときの彼の癖なのだ。彼が懸命になって考え出そうとしていたのは、いかに財布の紐を緩めることなく劇場の席を手に入れるかということだった。現に彼は一銭も使うことなくブールヴァールでのすべての出し物を見ていた時期があった。窓口で切符を買うなんて沽券にかかわるとさえ思っていたかもしれない。
「芝居を見るのに金を払うなんて」と彼は思っていた。「俺はまっぴらだね……支配人は飯の食い上げになるだろうけど……。誰か俺の知ってる人間が通るに違いない……幕間まで待ったら何とかなるかも……」
彼の思惑どおりになった。幕間の時間になると、劇場からぞろぞろ出て来る大勢の人の中にぴかぴかの制帽を被り、縮れた髪をこめかみに貼りつかせた背の高い若者の姿を認めた。かつての仲間で今は賭場で働いている男だった。彼のおかげでシュパンは切符売りの男からチケットを一枚ただで手に入れることができた。
「やったね……至る所に友達がいるってなぁ良いことだ」と彼は呟いた。
彼が貰ったのは実際とても良い席で、三階の天井桟敷だった。そこからは少なくとも劇場の半分を見渡すことが出来た。一度ぐるりと視線を巡らすだけで彼の言う『お客さん』はすぐに見つかった。真向かいの桟敷席に居る。2.14