エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-IX-1

2023-08-23 16:57:59 | 地獄の生活
IX

 アキレスの腱にまつわる神話はいつの時代にも通じる真実を語っている。身分が低かろうが高かろうが、身体が強壮であろうがなかろうが、どこかに弱点を抱えない人間はいない。そこだけが極めて脆く、傷つけらればその痛みは耐え難い。イジドール・フォルチュナ氏のアキレス腱は、彼のふところにあった。彼のその部分が攻撃されることは、彼の生命の源そのものがやられるも同然であった。そこは彼の感受性が最も鋭敏なところであり、彼の心臓が鼓動しているのは胸の中などではなく彼の幸福な財布の中だった。彼が喜んだり苦しんだりするのはその中身によってであり、素晴らしい才覚によって仕事が上首尾に終り、財布が膨らんでいるときには幸せになり、不手際がもとで失敗して空っぽになったときは絶望感に襲われるのだった。
 さて、かの呪われた日曜日、意気盛んなウィルキー氏ににべもなく追い払われ、部下のヴィクトール・シュパンと共に家路を辿るフォルチュナ氏の打ちひしがれた心境はかくのごときものであった。それはまた、ド・ヴァロルセイ侯爵とド・コラルト子爵に対する恨みつらみがどれほど深いものであったかをも物語っている。侯爵の方は現ナマの金貨で四万フランもの金を、一撃のもとに彼からかっさらっていった。そしてもう一方の子爵は、彼を出し抜き、ド・シャルースの遺産という素晴らしいお宝を彼から奪っていったのだ。もう手に入ったも同然と考えていたお宝を。
ただ単に盗まれ、奪われ、騙し取られたのではなく---彼の言葉を借りると---いいように利用され、カモにされ、一杯食わされ、バカにされたのだ。それも誰によってかと言えば……賢く機敏に行動することを生業とし、非の打ちどころのない実務家である彼とは違い、何も知らぬ『素人』にしてやられたのだ! まだ癒えていない傷口に硫酸塩を注ぎ込まれたごとく、自尊心を傷つけられた苦しみは彼の金銭欲を血の滲むほど刺激した。このような場合、彼のような男の脅威は驚くほどの射程距離を持つものだ……。
金というものは非情だと言われるが、堅いものでもある。そしてまさにその性質のために、フォルチュナ氏の復讐心は手の付けられぬものとなった。彼がド・ヴァロルセイ侯爵とド・コラルト子爵によってもたらされた損失に対しぞっとするような冒涜の言葉を吐き散らしたちょうどその時、彼の家政婦ドードラン夫人がマルグリット嬢からの手紙を彼に手渡したのだった。
彼は大いに驚いてその手紙を読んだのだったが、目をこすりながら三度読み返し、自分がちゃんと目覚めていることを確認する必要があったかのように、声に出して読んだ。
『火曜日、明後日……お宅に参ります……三時から四時の間に……貴方様に御相談したいことがございます!』8.23
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