それだけではない。彼はかなり広い交際範囲の持ち主らしく、右に左に大勢の人と挨拶を交わしていたし、通りすがりの五、六人から声を掛けられていた。
しかしジューフロワ通りのテラスは通り過ぎなかった。彼は新聞を買い、少し戻ると、七時頃勝ち誇った様子でカフェ・リッシュに入っていった。帽子の縁に手をかけることさえしなかった。無礼な態度である。それからひどく大きな声でボーイを呼ぶと横柄な態度で夕食を注文し、ガラス格子の近くのテーブルに運ばせた。そこからだとブールヴァールがよく見えるし、自分の姿を見せることもできる。
「さぁて、と」シュパンは独り言ちた。「お客さんはこれからお食事というわけだ」
彼自身も軽く一口どこかで口に入れたいと思い、この近くに安い総菜屋がなかったかどうか、思い出そうとした。そのとき二人の若者がすぐ近くで立ち止り、レストランの中をチラッと見た。
「おや、ウィルキーがいる」と一人が言った。
「へーえ、本当だ」ともう一人が答えた。「それに、奴は金を持ってるぜ。ツキが回ってきたんだな……」
「お前、そんなことが分かるのか?」
「あたり前さ、あいつと付き合ってりゃ、ギャンブルで儲けたかどうか、それぐらいのこと頭使わなくたって分かるさ。有り金全部すっちまったらどうすると思う? ツケのきく安食堂から食い物を運んで来させるのさ。友だちにはペコペコしまくって前髪が鼻まで被さるぐらいになってさ。ところが懐具合が良くなるとローネイで食事するようになり、人を小馬鹿にする。髭はピンと伸ばし、髪の毛はきちんと真ん中分けにして……。それで、奴がリッシュで食事してるってことはだな、しかもカイゼル髭にして、帽子を斜に被って、ほれあんな風に偉そうにふんぞり返ってるのを見りゃ、少なくとも千フラン札を五、六枚は手元に持ってるってことさ。万事順調、順調すぎるほどなんだよ」
「あいつ、何して喰ってんの?」
「知るもんか!」
「金持ちなのか?」
「金は持ってる。一度やつに十ルイ貸したことがあったんだが、やつ、返してきたからな」
「凄いな。品行方正な男じゃないか」
二人の若者はどっと笑い声を上げ、立ち去っていった。
このやりとりはシュパンにかなりのことを教えた。
「お前さんのこと、よく分かって来たぜ。アパルトマンの管理人も顔負けってくらい……。後はお前さんの家までつけていって番地を確かめればフォルチュナさんが約束してくれた五十フランは手に入ったも同然だ」2.8