◎ジェイド・タブレット-06-34
◎青春期の垂直の道-34
OSHOバグワンは、勿論最初から悟りすました大宗教家然としていたわけではなく、最初の光明に出会うまでには2年位精神病みたいな時期があったし、肉体から初めて別のボディが分離した時は、ビックラこいたものだ。
彼の生家は、敬虔なジャイナ教徒であり、彼の父は毎日4~5時間冥想をする、相当に坐れる人物であって常人ではなかった。
彼は、今生では、生れ落ちてから、事情があって母方の祖父母に7歳の時まで育てられた。7歳の時に祖父が話をすることができなくなって、医者やアユールヴェーダの治療師もいない田舎の村だったので、牛車に載せて24時間かけて32マイル離れた街に運んで行った。
OSHOは、牛車に同乗して、言葉を失い、次に聴覚が失われ、目を閉じてと、緩慢に進む死の姿を真近にみた。チベット死者の書の「死のプロセス」を幼少にして実地に体感したのだ。
街に着いた時は、祖父は呼吸をしているだけで、3日を生きて、そして死んだ。
これ以後他人に対する愛着はなくなり、OSHOは一人でいることが彼の本質になったと述懐している。
一人でいるというのも重要なキーワードである。