戦艦「マサチューセッツ」、ブロードウェイと呼ばれる通路を過ぎ、
さらに進んでいきますと、
"berthing area"(兵員用の段ベッド室)の展示準備中。
次に来てみたらここにはかつてのようにベッドが並んでいるのでしょう。
ここは最も広い寝室で、186人の男たちが寝起きしていました。
艦内のどの部署へもアクセスができ、大変合理的に作られていて、
艦尾のバトルドレッシングステーションにもなることができたそうです。
しかしアクセスがいいということは、もし艦底付近の外殻が裂けた場合、
下の階へのハッチが開いていれば大規模な浸水の危険の可能性もありました。
こんな風にですね・・。
まだ下の階に行けるようです。
より艦底にある階なので、ドアが全て高いところにあります。
(昔はドアはもちろん透明ではありませんでした)
ミシンのあるこの部屋は「テイラーショップ」。縫製室です。
戦艦というのはなにかと縫製する仕事が多いようです。
星条旗のあしらわれた布が隅に積んでありますね。
ここでは旗の修復や製作だけでも毎日何かすることがありそうです。
いかにも40年代の雰囲気が漂う床屋さん。
壁の角度が、ここが戦艦の中、しかもかなりの艦底にあることを表しています。
今のようにプラスティックボトルなどまだなかった頃なので、
「ヴァイタリス」などの整髪料が全て瓶に入っています。
こちらランドリーエリア。
洗濯を海水でするわけにいかないので、我が帝国海軍の艦隊勤務では
雨が降った時にはシャワーと洗濯を甲板で行っておりましたが、
これを見る限りアメリカ海軍はそれをせずにすんでいたようです。
洗濯をするための蒸留水を作ることも簡単だったのでしょうか。
かつてはこのスペースに大型の洗濯機、乾燥機、シーツのプレスを行う
大型の機械などがあったのだと思われますが。
それをしのばせる展示はまだありませんでした。
こちらは印刷室のようです。
左手に「クラフツマン」と銘のある機械がありますが、これは
現在でも工具メーカーとして有名な企業です。
活版印刷機でしょうか。
艦内の印刷物を作る仕事は大きな戦艦の場合絶えず仕事があったようです。
別の部屋に印刷に使う活版の型(たとえば艦内新聞のロゴなど)がありました。
当時ニューポートのブートキャンプ(新兵訓練)に参加した水兵が、
各自もらって衣類などを詰めて運んだキャンバス製のバッグ。
「マサチューセッツ」にもこれを持って赴任してきました。
戦争が終わったとき、持ち主のアーノルド・ノックスは、
潜水艦「バラオ」で帰国するように命じられたので、このバッグは
潜水艦に帯同するわけにいかず(狭いですから)自宅に送られました。
バッグには彼の母親宛の住所が直接書かれています。
ちなみに住所のマサチューセッツ州ウースターは、わたしが毎年夏に
滞在するウェストボローからから近く、おなじみの地域です。
艦内監獄、BRIGです。
やっぱりこういうのは一番船底にあるもんなのですね。
戦艦「セーラム」の艦底階にも監獄がありましたが、こちらのように
いくつもの(5部屋だったかな)檻ではなかったと思います。
やはり乗員が多くなればなるほどここにお入りいただく対象者も
増えてくるということなんでしょうけど、それではどんなことをしたら
ここの住人になれるのでしょうか。
まず、士官はここに入ることはありません。
重大な犯罪を犯した下士官兵専用となっていました。
それでは士官はというと、「スーパーバイザー」の監視の下に置かれ、
居住区の一室に行動を制限されて外に出ることを許されませんでした。
檻こそないけど、外に出られないのなら同じようなものですね。
対象となる犯罪とは、まず1にも2にも「脱走」。
帝国海軍でもこれを「脱柵」として厳しく処分していましたし、
軍を抜ける兵に対しては最も厳しくするのが世界の基準です。
あとは上官への不敬、あるいは反逆など。
船の中というのはその性質上反逆に最も重い罪を科します。
船を一つの「国」と考えた場合の内乱罪適用ということですね。
内乱罪とは
国家の存立に対する罪でありまた国家の秩序を転覆せしめる重大な罪
という位置付けなので、極刑となるのが普通です。
ただし、以前お話しした「アミスタッド事件」のように、
迫害されていた奴隷がたまりかねて反乱を起こした場合、
無罪となって故郷に返されるという特例がありました。
あとはどこの社会にもある窃盗、そして職務放棄、職務怠慢。
暴行や体罰などもこれに含まれていました。
アメリカ海軍では体罰は禁止されていたんですね。
人権意識からそういうことになっていたと思われるのですが、
この辺りが日本軍とは決定的に違っていたと言えましょう。
現代の日本ではもちろん体罰など公的に行うことは厳禁で、
よく自衛官の口から
「そんなことしたらもう大変なことになります」
と聞いたりするわけですが、その分上から下へのパワーハラスメントとなって
追い詰められた下の者が最悪自殺してしまうという例もあるようです。
これは自衛隊に限ったことではなく、つい先日も東大を出た電通の女子社員が
(おそらく)パワハラを苦にして自殺したという事件があったように、
団体にはどうしても起こってしまう悲劇ではありますが・・。
さて、こういった犯罪が軍艦では「深刻」と考えられており、
収監には罰金刑が課され、階級を下げられるなどの
”おまけ”がもれなく付いてきたということです。
階級を引き下げることを、海軍俗語で”BUST" といいました。
bust とは階級でいうと「トップの次」「2番目」という意味があります。
この水兵さんは、戦争中に例の「マサチューセッツのアーティスト」だった
ビル・キャンフィールドが産み出した架空のキャラクターで、
「エズラ・プラム」という名前が付いています。
彼は独房に腰掛け、
「なんてこった!
四角い飯(独房用のトレイ)のためにあんなことするんじゃなかった」
エズラは何をやって収監されたのでしょうか。
彼の回想の中で、女性がエズラにこういっています。
この女性は彼の奥さんであろうかと思われます。
「帰ってきてくれてとっても嬉しいわ、エズラ。
でも上の人たちは怒ってるんじゃないの?」
そう、エズラ、愛する妻に会いたくて勝手に帰艦を延ばしたんですね。
「たぶんね・・・でも何もされないと思うよ?
だってたった3日帰艦を遅らせただけなんだし」
甘い(笑)
3日も帰艦が遅れたら立派な罰則案件です。
エズラくんはフネの掟をちゃんと認識してなかったんですね。
いずれにせよ、こんなところには入れられたくないものです。
隣に住人がいれば話ができるかといったらとんでもない、
ちゃんとこの区画には見張りが立っていて、厳しく注意されました。
キャンフィールドはこのキャラクターを使って、兵への啓蒙、
こんなことをしてはいけませんとか、こうするとこんなことになりますよ、
といった警告ポスターをたくさん製作したといわれています。
アマチュアの彼が上の目に止まり「艦のために仕事をした」というのは
こういうポスター製作が含まれていたんですね。
このポスターにおいて警告されているのは
「AWOL」(Absent Without Official Leave )
つまり公的理由なき不在。
休暇の後帰艦のタイムリミットがきたのに帰らないとこれに相当します。
エズラはこれに違反したので、水とパンだけの食事(!)を
四角いトレイで食べることになって後悔しているというわけ。
海軍というのは、乗員が艦を離れることについては報告さえあれば
非常に寛容だったということですが、帰艦を無断で遅らせると、
彼のするはずであった任務を他の乗員が自分の任務をこなしながら
するということになり、これはひいては軍艦の戦闘能力を低下させかねません。
したがって、AWOLには厳しい罰則が設けられているのです。
ところで、艦内の監獄といえば、思い出す話があります。
ロバート・ケネディ司法長官の子息でありJFKの甥である
マックスウェル・テイラー・ケネディ著、「DANGER’S HOUR」
で読んだのですが、空母「バンカー・ヒル」に2機の零戦が突入し、大損害を与え、
乗組員が総出でその対応に必死であたり、あまつさえ艦内では機関室の乗員たちが
自分の命を犠牲にしてまで艦を救おうとしたというその混乱の中、なんと、
どさくさに紛れて窃盗を働いた水兵がいた
というのです。
下手したら空母ごと全員が死ぬかもしれないというときに
一体何を盗んでどうしたかったんだ、と問い詰めたくなりますが、
しかもそれが悲しいことに一人ではなかったみたいなんですね。
詳細については書かれていなかったので、どのくらいの人数が
何を盗んでなぜそれが発覚したかは全く不明ですが、とにかく、
強烈だったのは、彼らが問答無用で艦内のブリッグに押し込められ、
「バンカー・ヒル」が傷つきながら命からがら帰途をたどる間、彼らは
独房の外側から見張りの兵にずっと海水をかけられ続けた
ということです。
こんな事態になっても殴る蹴るがなかった(たぶんね)というのは
さすがにアメリカ、それをするとこちらがブリッグ入りだからですね。
これも空母でしたが、特攻機の突入によって大火災が起こったとき、
海に飛び込んで逃げた乗組員を「罰する」と、艦長が事後に宣言しました。
しかしこちらは「職務放棄」の罰則規定には法的に当たらなかったため、
とりあえずそれは執行されることはなかったという話もあります。
それにしても、キャンフィールドの「エズラ・プラム」シリーズ、
ほかの作品が何を警告されているのかも是非見てみたいものです。
ふと、彼がこんな変わった名前なのも、彼が
「いけない水兵さんの見本」
として創造されたキャラクターだったからに違いない、と思いました。
続く。