ゆずりは ~子想~

幼い葉が成長するのを待って、古い葉が譲って落ちることから名付けられた「ゆずり葉の樹」。語りつがれる想いとは・・・

得手 不得手

2008年07月12日 | これも自分あれも自分
誰しも、得手と不得手があります。

それは、対象が物であっても、人であっても、なんでもそうです。

ここで私が思う得手、不得手は、仕事のことです。

私の得手な仕事は、なんだろう?

特にないような気がするけれど、じゃあ何をしているときが一番楽しいか?と聞かれたら、「企画立案」と応えるかもしれません。

話しながら、聞きながら、飲みながら、食べながら、ふと出てくるアイデアを膨らませ、妄想することが大好きかもしれません。

出てきたアイデアを、実行するためにはいろんな算段が必要です。
お金のことも、人のことも、場所のことも、そしてそこに必要かどうかという基本的なことも。
それらをひっくるめて考えたとき、私のアイデアの7割は、実現不可能か無理があるか、自己満足にすぎないことで占めてしまいます。

アイデア帳がありますが、読み返すとどうしても「夢物語」にしか見えないものがたくさんあります。

けれど、その「夢物語」も、活用できる時があったりします。

新しいアイデアの足りない部分を考えている時、ふと見返したアイデア帳に、ヒントが隠されていることがあるのです。

結局は私の頭で考えたこと。
どこかでつながっているものなんですね。


そして、「不得手」ですが、
これがまた、多くって、多すぎて、書ききれない。
コンプレックスの塊である私は、この「不得手」に直面すると、どうしてもナーバスになってしまいます。
落ち込んで、なかなか這い上がることができません。

「得手」であるアイデア創出の裏にも、「不得手」が見え隠れして私を脅かします。

例えばこうです。
「なんて素敵なアイデアなんでしょう!これを実現させるためには、まずここに連絡した方がいいかしら?いやこちらが先かしら?うううん、こっちに聞いてみよう!平衡して、こちらと交渉してみようかしらん?」
と頭の中でぐるぐる考えます。私の頭の中は、私のアイデア妄想でいっぱいになっていて、もはや冷静ではないですから、どんどんそれは加速します。誰にも相談したりしていないのですから、止める者もいません。

単なる勢いです。自分は正しい!と思い込んでの行動です。
そんな行動を、相手は「?」と思うのは当然なんです。
この子は何か検討違いなことをしているぞ?
待てよ!?それは正解か?

そして、ご指南があります。
それはこうしたらいいのではないか?
こうすべきではないか?
その考えは、おかしいのではないか?

そうなんです。この冷静に物事を教えてくれる部分が欠けているんです。
特に忙しい時には、勢い任せで行動を起こしてしまうので、客観性に欠け、方々に迷惑をかけてしまいます。

この「不得手」な部分をどうにか直したい!と思います。
もう少し時間をかけ、人の手を借りて、自分ひとりで考えないこと。
まずはここから、ですね。

なんだか、ぐるぐるしていますよ、最近。


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