今日、友人と話している中で、
σ(・_・)が
「愛着障害」という障害を抱えていることを知りました。
自分は、もしかしたら発達障害か、ADHDか、グレーゾーンな人間だと思っていました。
「大人の発達障害」という本が出され、話題になるにつけ、
σ(・_・)自身のことかもしれない・・・・って思っていました。
でも、どこか違うような気もしていました。。。
そして、今年に入ってからの、不安定状態。
不安状態。
言動と行動の異様さ、、、、などに気がつき、
どうしてこうなってしまうんだろう?という、自分なりの反省や、きづきを経て、
つい先月のこと、
自分自身の、母親との愛情関係に起因するものだと、
自分で気がついたのです。
それは、自分が発した、叫び声の内容から、
これは
もしかして、
私が
実母に言いたかったことではないの?って
気がついたからでした。
そこから、
もう一度自分を見つめなおし、
自分の幼少期を振り返り、
確認作業しながら、癒していく作業をし、
対処するには。。。。
感情を切り離すこと、
過去の幼い頃の感情と、今の感情とは別物だということを確認することを
するようになりました。
あまり、深く考えないこと。
溜め込まないで、流すこと。
自分自身のインナーチャイルドの問題なんだと自己認識させること。
その三点をがんばっていました。
もう、他人を傷つけたくなかったから。。。
もう、傷つく人を、見たくなかったら。。。
もう、自分のこだわりを、捨てたかったから。。。
そして、今日の腑に落ちる症状「愛着障害」というものを知らされ、
結構、打ちのめされてしまった自分がいました。
そして、打ちのめされただけでなく、「やっぱりな」という確認と
これからの自分を模索する、よい機会を得られたことを知ったのです。
ただ
ただね
人は、
いつでも優等生ではいられません
よき人生の経験です
とか
ピンチははチャンスなんです
とか
ポジティブな言葉が
すぐに出てくるのではなく
とても繊細に
とても深くに
ネガティブに落ち込んで
過呼吸になりながらも
どうにかこうにか息をしながら
ある特定の衝動を抑えながら
嵐が収まるのを待つ。。。
そういう作業が
そんな
最悪かつ 見せたくない自分が
そこにはあるのです
それは
立ち上がるための プロセス
這い上がるための 工程
乗り越えるための 一つのステップなのです
落ちて 落ちて 堕ちて
それでも
これまでも 何度となく
泣きながらも 這い上がってきました
これからも きっと
何度となく
泣いて 吐いて 酸素足りなくなるくらいに呼吸して
立ち上がっていくのだと 思います
0歳の自分に 向き合うのが
とても
きついです
1歳の自分も 2歳の自分も
そして3歳、
弟と一緒に乗り越えてきた過去を
振り返るのは
とても
苦しい作業です
少しでも、私から気持ちが離れていると感じると
すぐに、裏切られたと思い、その相手を受け入れることができない、
信用できない。。。という感情は
男女関係なく、抱くのです
その、ある意味常識的ではない感情も、
自分自身で戸惑い、嫌な部分でもあります
でも そこを 克服しないと
私は
私の、対人関係の問題も、異性に対する感情も、
克服することはできないのだと、知りました
だから がんばらないとって 思います
がんばります
がんばるのが、辛いから、
波動塾のみんなと出会ったのかもしれません
ありがたい出会いに感謝しています
この経験が、
私の人生の、指針になることは間違いありません
私のこれからに、繋がることも、間違いありません
未来の自分が、
だから、この人生を選んだんだと、
言ってくれている気がします
前
向こう
後ろは、時々向いて、
自分の根本を目をそらさずに見つめて
で、堕ちて
そして
また
這い上がるんだよ
自分の中に
いっぱい
経験がつまって
誰かのためにそれを使うことだできますように。。。
私の経験が
誰かのために
なりますように。。。
がんばりますね。
愛着障害の私ですが
これからも
迷惑をかけると思いますが
どうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>