ゆずりは ~子想~

幼い葉が成長するのを待って、古い葉が譲って落ちることから名付けられた「ゆずり葉の樹」。語りつがれる想いとは・・・

性の聖なる話2~性教育について~

2010年02月25日 | これも自分あれも自分
子どもに教えるとき、とても影響するのは自分の経験だったりする。

よかった、いろんなこと経験しておいて。

そんな風に思う。

聴く人の頭は、柔軟な方がいい。

ここからは、性のお話が入るので、嫌な人は読まないでほしい。



私の父親は、とっても柔軟な人だった。

私が高校生になった時、すぐに性教育が始まった。

淡々と、教えてくれた。

男とは? 妊娠とは? 中絶とは?


母はいっさい、話さなかった。役割分担されていたのかもしれないが、

母は固い人だったから、母に聞かなくて正解だったかもしれない。

聞いた時点で、性に関しての自由は奪われたかもしれないから。


面白いことに、父方の親戚のおばさま達は、私が東京の短大に出る時、

口々に

「たくさんの人とお付き合いしなさい。」と言っていた。

それがはなむけの言葉だった。笑っちゃうけど、その言葉には助けられた。


自分では予想していなかった。

恋愛ができるってこと。

思春期、男性が怖い時期だったから。

でも東京へ出たら、そんなこと言ってはいられず、満員電車に揺られたら

否応なしに男性は間近にいるものだから、正直焦った。

こ、怖い・・・でも、克服したい・・・


その克服の仕方は、まるで手本にならないので、割愛する。

自分の子どもには、免疫はつけさせてあげないといけないと思った。


フリーの時や、恋人が遠くに離れた時に、
お付き合いしていない方と共にすることがあった。

私は、浮気や気のない人との交流は、向かないんだと悟った。

なぜなら、夜泣きするのだ。

しかも、声をあげて泣くのだ。

後悔の念と、自責の念にさいなまれ、

本当にご迷惑な話だが、ホテルから泣きながら帰ったこともある。

それ以来、単なる興味で深くなることはなくなった。

そんな経験も若いうちにしておいて、よかったと思っている。



私は、あの時初めて、性から自由になれた気がした。











性の聖なる話1~子どもへの性教育~

2010年02月25日 | これも自分あれも自分
保健体育という授業がありましたね。中学・高校で、そんな授業とテストがあったはずです。

私、自慢すると、この科目で100点以外は取ったことがありません。

毎回満点でした。いえ~~い、さっすが。


興味がありました。 幼少時代から。

5歳になっていたと思います。家の中で見つけた、変な本。

偶然テレビを点けたら流れてきた、無修正のビデオ。

私は、何度もテレビを消しては点け、点けては消して、

その後、言いようのない気持ちの悪さと、変な感覚と、

大人への不信感でいっぱいになり、

翌朝父と話すにも、緊張したのを覚えています。


4年生のわが子が、保健の授業で「男性と女性のからだ」を学んできました。

「私も、ママみたいになるの?」って心配そうでしたので、

「そうだよぉ。」と答えた後、真面目に答えるのも面白くないので、

「ママのように、ボンッキュッボンッになって、大もてになるのよぉ~~~!ほ~ほほほほほ!」と答えてみた。

すると、冷静に

「ママは、ボンッキュッボンッじゃなくて、

キュッキュッボンッでしょ!」って・・・

ふんふん、どうせそうですよ~!と言いながら、笑いの中、

彼女はその現実を受け容れた、と思う。


まずは、仕組みを知る
そして、機能を知る
それから、方法を知る

性教育は、学校でも教えるけれど、大事なのはやっぱり家での教え。

仕組み・方法の上に下に
横たわる感情
その感情をどうコントロールしていくのか
男なら
女なら
対処の仕方も変わってくる

さてさて 経験は少なくはない私は どう教える?

子どもの気持ちに寄り添いながら : 今どう思ってる?

子どもの気持ちを汲み取りながら : そうだよねって言う

子どもの描く未来を聞きながら  : 若い内にやっておきたいことや夢

落とし込んでいこうと思う : 夢があるなら自分はどうしたらいいのかしら?


人は誰かに言われても、言うことは聞かない

自分の中ですとんと落ちて、納得したら人は動く




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