KOFUKUの家から

演劇的体質の自由人
大きな愛にいだかれて
チワワたち猫たち
南のちいさな森の家にて
芸術的田舎暮らし真っ最中

翼 《7月2日ちょっと追記》

2013-07-02 | KOFUKU日記



【空と海と大地が重なる場所にも夏色の風が吹いていたよ】



7月になりました。本当に夏ですね。

年のせいでしょうか。時間が経つのが早いです。
まあ、きっとそういうのも間違いなくあるのでしょうが
多分ですけど以前より体内時間がゆっくりになったと思われます。
これもまた、何かの意味あってのことでありましょう。

こちらは雨休みを終えて、やっと本格的な夏に入った感じがします。
って言うか、私は既に秋を感じてるところもあるんですけどね。
なんか今年は秋が早い気がしてます。

さて、今日は先週続いた長雨がやっとやんでくれたので
長い間、おウチにこもりきりのちびさんたちを
じいちゃんが海に連れて行ってくれました。


 

【自由に ただ自由に遊ぶ】


ここはいつも行く場所のうちのヒトツ。
47キロに及ぶ砂丘の本当に人から隠れた場所です。
地元の本当に僅かな人しか来ない場所。


 

【いつもと違う匂いがする】


だからチビ達は自由に好きなように走り回れます。
いつも原っぱか海が遊び場なので、波を恐れない彼らは波と追いかけっこ。
ここは47キロも続く砂丘なので、見えなくなるほど遠くまで走って走って帰ってきます。
疲れたら涼しい丘に登って草の中を歩いたりします。


 

【砂の丘に咲く】




今日は曇で気温も高くなかったから、彼らには良かったみたいデス。
ちょうど今、こぼれ種から増えたんでしょうね。
白い野ばらがあちこちで花をつけていて
今日のチビ達は潮と野ばらの香りがします。
小さな草たちも花をつけていました。

帰り道、稲穂がいっぱい実ってた。
山を通って、林道を通って、しばし魂を充電。

一人では出歩けないから、爺ちゃんが声かけしに来てくれて
こうしてチビ達がいるおかげで一緒に動ける。
本当にありがたい。感謝。
次はいつこの砂丘に行けるかな。
秋になる前の夏の終わりの静かな砂丘に会えるといいな。





【人の背には見えない翼があるといいます】


ヒトツ、この場を借りてお礼を。

先日、長いあいだ、ぜひお話をしたいと出会いを望んでいた方と
本当に恵まれて間を繋いでいただいて出会うことができました。

天使になった相方さんと深く関わるその方は
相方さんにとって大切な方です。
もちろん、私にとっても。

おかげさまでとてもとてもいい時間が過ごせました。
出会いを作ってくださった方、お相手の方に心から感謝します。

出会いの中身を話してしまうのは大切なものが消えてしまうような
もったいない気がするから、ここで話すのはやめておきます(*´ー`*)

その方との間には天使が存在するんです。
大切に大切にしたいご縁です。





【空も海もひろいね】




年末から身近で大切な人たちに生死に関わる心配事や
心が痛むような心配事がヒトツ、一年近く続いているので
環境のことだったり、気持ちの浮き沈みが激しかったり、
集中力が続かないので、どうしてもやりたいことができなかったりして…。
自分のことが解ってはいるので、それを悔やんだりはしないけれども
やりたい意識が強いから、イーッとなることはありますね(笑)
その思いの分だけ沢山のモノを見つけることもできているからありがたいのですが。
でも、ここに来て良き出会いをいただき、少し元気もらいました。
今年後半はもう少し、自分できるペースで
なにか出来ることが増えてくるといいなぁと思っています。



このところねー、ほんとなんにしても「有難いなー」って思うんですよね。
ここまで歩んできた事のヒトツヒトツ。
本当にいろんな事の意味がね、こうストンと理解できるというか…。
だから与えられた事の上に私はいるわけじゃないですか?
だって人生は点でできているようで、線なワケだからつながっているわけで。
今日の前には必ず昨日があったわけで。それがなければココにいないわけだから。
だからでしょうか、すごく感謝が湧くんですよ。
昨日、「信頼」について書きましたが、そう言うことも重なってるのかな。

やっぱり、そう言う事を決意するに当たってね、いろいろ考えたわけです。
だって、それって、自分の事と同じなんです。
その当人は自分のことしか考えてないかもしれませんが
実は私も同じ状態になる、ということなんですよね。

大切なご縁を、そうやって培ってきたものを
自分の手で変化を、しかも良い方ではないモノにしなくちゃならない、
ホント、悩みました。一年考えました。
母や相方さんが人は最低でも一年見てみないとわからないって言う人だったから
本当に一年間、見つめてみたんです。自分を含めて。
それでね、もう決断しなきゃいけないなーって思ったんですよね。

信頼を失うって、ものすごい大変なことだと思うんですよ。
私はいろいろやってきた分、人とも関わってきたので
信頼を失うようなことをして、消えていった人いっぱい見てきました。
だから、そう言う人と深く関わった人が、何もしていなくても、
信頼を裏切ってしまった人と同じように捉えられる事を知ってます。
自分がそうなる事を覚悟するのにはやっぱり勇気が必要でした。

でもね、思ったんですよね。
一番大切なものはなんだろうか?って。

私は私に道を作ってくれた人に誠意を示す必要があるし、その人たちのためにも、
問題になってる本人のためにも、その事を分からせる義務があるな、って。
もう5年近く努力してみて伝わらないのだから方法を変えるしかない、って。
そうすることで、自分が失うものは大きすぎる、
そう思ったけど、大切な人達を大切にしたいから。

こう言えば、見返りを求めてやっても…みたいなこという人もいるでしょうね。
でも、こういうのはそういう問題じゃないんですよね。
その人のために何をしたか?が大事なことじゃなくて
それをしてくれた人の気持ちに寄り添う事なんです。
無償の気持ちだからこそ、顧みなくてはならないものなんですよ。
だからね、決断したんです。


私は見た目何も変わらないので、相手は今はきっと何も感じてないかもしれないです。
でもね、じわじわとわかってくると思いますね。
近しい中でそう言う事をしてしまうと言うのがどういうことか。

だって、そうなった瞬間にほぼ全ての友達を失なったのと同じですから。
近しいってことは、友人がほとんど同じだったりするわけで
どこに行ったって、私の影は消えないんですよね
そこで自分を語るってコトは、そのことも語らないといけなくなるんですよ
周りの人も馬鹿じゃないから気がつくし、色々言われるようになります
そして、その人の周りにいた人も同じ思いしてしまう。
手助けなんてしていればなおさら。
大体の人はそういう現実がいたたまれなくて辛くて人前に出てこれなくなります。
今まで見た人はみんなそうでした。

すっごい辛いですよね。誰もいなくなるんだもん。
そこにいられなくなるんだもん。
一生懸命してたって、そこまでの日々、無かったのと同じになってしまう。
ほかの人に相談しようにも、非があるのは自分となれば相談もできないし。
しんどいと思うよ。
本人には些細なことの積み重ねで、全部を失うんだから。

何かを言ってもらえるって、すごくありがたい事ですよね。
年取ってくとわかるけど、年取れば取るほど、
自分になにか言ってくれる人は年々少なくなってゆく。
なにか大切なことが見落とされてても、言ってもらえない。
それに気がつかなかったら、ずっとそのままになってしまう。
何よりも、周りがなにも言ってくれない、もう誰もいないんだ、
これが信頼を失うってこと、ってわかった時が一番辛いんじゃないかと思う。

多分、人は大切でもない人のそういうことに関わるのは面倒だし、
信頼を失ってしまったとしたら、それこそ見えてても、もう何も言ってくれない。
この人はもう何も言ってくれない人だ、だけど関われば自分に笑ってみせる。
そう感じたとき、そこから這い上がっていくのはモノずごく難しい。
弱い心のままのうちは、どうしたって、疑いの方が先に立つから。
もとより、信頼を失う様な人っていうのは自分よりの人が殆どで
自分だけの為に動いてるから信頼を失ってしまう結果になったわけで…。
だから、その心のままであれば、この人の気持ちは本当か?とか
馬鹿にされてるんじゃないか?とか、また同じ気持ちを繰り返しがち。
自分本位でいれば、相手を疑わずにはいられない。

そんな自分に向き合って、受け入れて、認めて、
それに対して戦わない限り、未来はない。
戦うのは相手じゃなくて、自分だってことに気づかないと
多分、いつまでも、そのままだと思う。
そうなったら、本当に「ぼっち」だ。

だから何とかしたかった、何とかしたかったけど…。
自分なりにすっごく頑張ってみたんだけど…。
そのやり方でなんともならないから、このままではいけないなって思ったのです。

切るって辛いよ。ぶっちゃけ、切る方がさ、しんどい。
相手だって、そうしたから解るのかって言ったら、それはどうかわからないし…。
そう言う人は熱しやすくて冷めやすいから、一時はいいけどまた直ぐに元に戻るかもしれないし。
今までもそうだったから、なれたらまたそうなのかも知れないし。
そうなら、もう諦めるしかないかな…残念だけど。自分ができるのはそこまでだし。

とにかく、もう何もしないと決めたから、あとはその人の頑張り。
このかたちが私の究極の愛としか言い様がないな…。
できれば、達成出来る人ってわずかしかいないと思うけど
日々の努力を続けて信頼を回復して欲しいと思う。
たぶん、ものすごく大変だろうなって思うけど頑張って欲しいです。
自分になにか言ってもらえるって幸せを感じてもらえたらいいなー。
そう思っています。
そう思って欲しいから、私はもう貝になるのデス。


まあ、結局、今もこういうふうにずーっと思うわけだから、
手放すといっても、切る、と言っても簡単にはいかないのよね。
そういう振りをして、自分もかかわらない努力をする。
何かを人に言われても我慢し続けるってことなわけだから。
何より、私自身が信頼を構築していかなくてはならないから。

嘘をつくこともできるよ。演じることも。
そうすれば失わずにすむものもあるとは思うけど
それでは相手の思いに答えることにならないし
何よりも、信じてきた日々に嘘をつくのは苦しいから。

私はそれを選んで、そして覚悟したから
そうやって行くことを頑張ろうと思います。
すごい大変だとおもうけど、それも私が選んだ結果。
それはそれで受け止めてこなしていかなくちゃねぇ。

その分、もっともっと日々に心を使って
周りの人達に感謝をもって生きなくちゃって思う。
私が得れきた信頼は与えてくれた人があってこそだから。
それに報いられる自分であるための努力を
自分のペースで続けていきたいなと思っています。

きっと以前のようには出来ないのはもうわかった。
だから出来ない自分なりに、自分の道を歩んでいきたい。
とにかくここまでとこれからの全てに感謝したい。
いろんなものから学んで行きたいと思う。

人には天使の羽根があるって言うよね。
その羽根を感じながら生きていけるようになりたいな。
何度、翼を折っても、また広げる勇気を持ちたい。
そう心から思っているんです。

7月の決意、かな。








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