ホセ・クーラは、すでに以前の記事で紹介したように、今年(2019年)2月に、iTunesなどでラフマニノフ「交響曲第2番」をデジタル配信しました。
そしてこの間は、今後も新たな録音の配信を計画、準備しているとのことで、それにむけてFBで、購入・ダウンロードがうまくいっているのかどうか、世界各地のフォロワーに情報提供をよびかけていました。それに対するフォロワーのコメントから、ダウンロードするのではなく、定額聞き放題の「音楽配信」、ストリーミングサービスの利用者が一定数いて、そこで利用できないという声、利用を希望する声もあったようです。
こうしたことをふまえ、これらに関する回答と、この音楽配信の事業をめぐる現状と問題点などについて、クーラは昨日(2/11)に長文の記事をFBに掲載しました。クーラだけでない、業界全体としても、とても深刻で重要な課題だと思いますので、クーラの記事全文(英語)を紹介するとともに、概略を訳してみたいと思います。いつものように不十分さはご容赦ください。
クーラのFB投稿。画像にクーラのFB記事のリンクがはってあります。
「ラフマニノフの録音についてのお知らせ」(FB記事和訳)
すべての親愛なる皆さん。
私は一部の地域で録音を「聴く」ことができないという苦情を受け続けている。明確にしなければならないことがある。問題が別のことでない限り、この録音はストリーミングでは利用できない、という事実だ。購入し、ダウンロードすることだけが可能だ。あなたが購入し、永遠に持つことができるようにするためであり、このような低価格にしたのも、そのためだ。そしてまた、あなたが購入しない限り、その使用料はアーティストのものにはならない。
ストリーミングは多くの場合、無料、または他の場合、「すべてを含む」低い月額料金で利用できる。このような場合、唯一、利益を得るのはプラットフォームだけで、あなたが支払うお金は、そのようなプラットフォームなどで何千人ものアーティストの間で分けられるため、もし月に少なくとも1ドルが入れば、ラッキーということになる...。
それはお金の問題ではない、しかし正義(公正とか公平の意)の問題だ。なぜプラットフォームだけが、アーティストの仕事から恩恵を享受するのだろうか?このシステムを発明したとき、スティーブ・ジョブズは非常に頭が良かったーー今では誰もが音楽にアクセスすることができる。ここまではいい。しかし彼の天才は、多くのレーベルの失敗を招き、結果としてアーティストに悪影響を及ぼす。そして最後、アーティストが仕事をすると、その報酬として、システムによって罰せられる。
1つの例としてーー私が以前リリースしたドヴォルザークの歌曲は、聴衆のなかで大きな成功を収めた。しかし、2年以上が経ったが、私のレーベルはたった100ドルしか受け取っていない...。これは、購入数が少なく、ストリーミングが非常に大きいためだ。そのため、私はラフマニノフの配信方法を変えた。それはiTunesでフル解像度で、あるいはAmazonでmp3(良いリスナーにはお勧めできない)で購入することができる。
このことがあなたの音楽を聴く方法を混乱させるなら、私は非常に申しわけないと思う。結局、私は、あなたたちが楽しめるように、録音をする。しかし、私はこうした結果に対処する準備ができている。なぜなら、私自身のような強いアーティストが間に合うように対応しない限り、そして聴衆がこの対応を支持しなかれば、何も変わらないからだ。そしてそのつけは新しい世代のアーティストに課税されるだろう。
もちろん、私は世間知らずではないし、あと戻りする方法はないことを非常によく知っている。そして今日の業界がそうだ。しかし、無料でそれを聴くのではなく、曲を買うために1ドルを使うというごくわずかな行為で、私たちは多くのことを助ける。チューインガム1パックはもっと高くて、10分後にはゴミ箱に吐き出すのだから...!
私はシニアのプロフェッショナルであり、もし録音が収入を生み出さなくても、同じように生き残ることができる。しかし、私たちが手を貸さなければ、私たちは、すぐに若い才能を使い果たしてしまうだろう。
とはいえ、私はあなたたちのサポートに深く感謝している。録音を購入してくれた人たちに感謝するとともに、悪気なくオンラインでそれを聞いた人たちにも感謝する。もし今日の時点で、私の新しい録音が届かない人たちがいたとしたら、私はこれらの最後のグループにお詫びしたい。
Peace and Love
このブログでも、2つの録音がリリースされた時のクーラのコメントや経過などについて紹介してきました。
→ 「ホセ・クーラ iTunesで楽曲配信を開始!まずドヴォルザークの愛の歌(ラブ・ソングス)」
→ 「2019年 ホセ・クーラ、ラフマニノフの交響曲第2番をiTunes、Amazonでデジタル配信」
それぞれの曲へのクーラの思いや背景があるので、お読みいただけるとありがたいです。また、クーラのメッセージをお読みになって、録音に興味をお持ちいただけた方がいらしたら、この下のiTunesの画像にリンクを張ってありますのでご覧いただければと思います。とても安価で、音質も良好です。
iTunesを利用しない方には、アマゾンでも大丈夫です。アマゾンのデジタルミュージックのコーナーから購入できます。クーラとしては音質の面ではお勧めしないと言っていましたが、私はこちらで購入しました。音質の面で不満はまったくありませんでした。
●ラフマニノフの交響曲第2番
●ドヴォルザーク「愛の歌」
クーラは1990年代末、世界的に大ブレークした時期に、商業主義的なエージェントや広告会社のやり方、売り出し方に耐えられず、独立し、大手のレコード会社とも契約せずに、自分自身のレーベルを立ち上げて独立独歩でやってきました。ある意味では業界の異端、一貫して自立したアーティストとして、「自分のボスは自分だけ」と信念をもって、芸術的な探求と挑戦を続けてきました。
→ クーラの苦悩と選択について、以前の記事で紹介しています。「ホセ・クーラ スターダム、人生と芸術の探求」
そしてまた、今度は、レコード会社自体が、ストリーミングサービスなど、インターネットの発達による新しい状況によって、大きな岐路に直面しているもとで、クーラは、新たにデジタル配信の事業に挑戦し、その問題点を明らかにして、新しい世代のアーティストのために問題提起を行っています。
それにしても、クーラがドヴォルザーク「愛の歌」を配信して2年で、わずか100ドル、1万円ちょっとしか収入にならない、というのには驚きました。元の音源をデジタルリマスターして配信するためだけでも、相応の費用がかかっているはずです。まったくの赤字ということでしょうか。ストリーミングで聞くのと、ダウンロードで購入するのとで、アーティスト側にとって大きな差があるということは、あまり知られていないのではないでしょうか。私は知りませんでした。いずれにしてもこれでは、新しい録音の配信を続けることは不可能になってしまいます。
一方、社会的格差が広がり、若い世代の経済的困難が深刻化しているなかで、安価に手軽に聞けるストリーミングサービスが歓迎され、広がるのは理解できます。しかしその背後で、芸術の担い手であるアーティストが、その作品が、正当な利益を得られないのだとしたら、深刻な構造的な問題です。
もちろんクーラが言うように、現在の流れはそう簡単に変えられるものではないかもしれません。でも音楽ファンが、こういう事情を知って、ささやかでも何らかの行動をとることで、本来アーティストが得るべき対価の一部でも回収可能になるのであれば、意味があるのではないかと思います。
少なくとも、好きなアーティストの作品は、正当な対価を支払って楽しむ、可能な限りコンサートや公演に行く、それによって財政的にもアーティストを応援し支える、そういうことを意識的に行っていくことがとても大事な時代になっているということなのですね。遅ればせながらかもしれませんが、とても考えさせられたクーラの投稿でした。