つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

幕末純情伝。

2025年02月16日 09時09分09秒 | 手すさびにて候。
                        
鎌倉時代から700年続いた武士が治める世から、王政復古へ。
国のグランドデザインを大きく書換え、近代化を目指した。
「明治維新」をおおまかに言えばそうなるかもしれない。

以降、天皇を中心とした国家という歴史的価値観---「皇国史観」は、
教育や政策の中で用いられるようになったが、昭和20年8月15日を以て終焉。
歴史家たちは、戦争に突き進んだ日本の近代を批判的に評価するようになり、
その出発点・明治維新もネガティブに捉える風潮が強まった。
しかし、いわゆる高度成長期を経た頃、人心は180度転換。
あの出来事を痛快なサクセス・ストーリーとして考え出したのだ。
低い身分の出身ながら、志をもって動乱の社会で活躍した「志士」に、
戦後復興を成し遂げ経済大国の一員となった当時の自分たちを重ね合わせたのである。

こうして、すっかり有名になった志士たちは、
四六時中敵に狙われていたため目立たぬよう地下活動を主としていた。

変名や偽名を使うこともしばしば。
ちなみに「坂本龍馬」は実家の屋号と「勝海舟」の子息ににちなみ
「才谷梅太郎(さいたに・うめたろう)」と名乗った。
また、密偵を警戒する隠語も盛んに用いた。
皇室=太陽家(天照大神に由来?)将軍家=百度公(公方/くぼうが元?)
長州=江の本(瀬戸内を大きな川・江に見立てた?)といった具合である。

彼らの日常において不可欠な存在が、花街。
しなやかで逞しい女性たちが司るそこは、外界と隔絶した一種の隠れ家。
男は料亭や遊郭に身を潜め、馴染みに連絡役を任せるなど活動の拠点となったのだ。
また志士たちは、案外遊び好き。
ひと時、死と隣り合わせの使命を忘れ酒を呑み、芸者・遊女と情を交わし合ったという。
コワモテの偉人にも艶話が残されている。

明治の元勲には、志士として活動する中で知り合い、
同志のような関係を築いた元芸者と結婚したケースが少なくない。

・新政府の基本骨格「五箇条の御誓文」を編んだ「木戸孝允(桂小五郎)」。
・廃藩置県を実行し富国強兵策を推進した「大久保利通」。
・初代内閣総理大臣「伊藤博文」。
・亀山社中、海援隊メンバーで欧米との不平等条約撤廃に尽力したカミソリ大臣「陸奥宗光」。
・日露戦争の分水嶺となった二百三高地攻略を指揮した軍人「児玉源太郎」。

例に挙げた彼らは変革期を生き延び、功を成し名を残した者ばかり。
その裏では、志半ばで命を落としたケースも多々あったに違いない。

ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百四十五弾「GEISHAとSAMURAI」。



ここからは幕末の志士の中から、長州の「井上馨(いのうえ・かおる)」に注目してみよう。
後に、第1次伊藤(博文)内閣の外相を務め、明治政府の重鎮となる人物である。

文久3年(1863)、彼はロンドンへ派遣されることに。
当時、長州藩のポリシーは天皇を敬い外国を排斥する「尊王攘夷(そんのうじょうい)」。
そこで、世界有数の海軍力を誇るイギリスの敵情視察を試みた訳だ。
だが、国外渡航が厳しく禁じられていた頃。
いわば密航留学の出帆を控えた「井上」は、懇意の女性にこっそり不安に満ちた胸の内を明かす。

『これが今生の別れになるかもしれない。何か形見の品をくれないか』

彼女---祇園一の美貌を誇る芸者「中西君尾(なかにし・きみお)」は、
男の決死の覚悟を悟り帯の間から小さな袋を取り出した。
包まれていたのは愛用の手鏡。
男は“女の魂”を忍ばせ波濤を越えるのだった。

イギリスに留学中、大事件が勃発。
長州藩が攘夷実行のため航行中の外国船に対して砲撃を加えた報復として、
米仏軍艦が関門海峡で長州軍艦2隻を撃沈し陸上砲台を攻撃。
更に英・仏・米・蘭4ヶ国連合艦隊と交戦、惨敗を喫した。
世に言う「下関戦争」である。
藩存亡の危機を知り「井上」は急遽帰国。
現地で国力の違いを目の当たりにし勝ち目はないと確信していた彼は、
講和交渉の通訳をつとめ事態収拾に尽力した。

ところが、今度は「井上」の身に災いが降りかかる。
下関戦争と相前後し、幕府は行き過ぎた攘夷運動を行う長州に対し討伐軍の派遣を決定。
対策を話し合う藩御前会議の意見は二分した。
全面的に謝罪して許しを乞う、絶対恭順派。
謝罪はするが軍備は整え戦いの姿勢を保つ、武備(ぶび)恭順派。
「井上」は後者に属していた。
激論が交わされた後、藩主は武備恭順を支持。
この結果に納得できない勢力が闇討ちを企てる。

帰宅途中、突然、数人の刺客に行く手を阻まれた「井上」!
襲い掛かる暗殺剣!
うつ伏せに倒れた背中に痛みが走り、鮮血がほとばしる!
幸い致命傷に至らず逃走を試みるが、またもや転倒!
すかさず右脇腹あたりに白刃が滑り込む!

『殺られた!』

黄泉への旅路を覚悟した瞬間、切っ先が何かに当たり止まった。
瀕死の「井上」は救出され、40針も縫う深手を負うも何とか死を免れる。
懐中で命を守ったのは、あの手鏡。
洋行以来、片時も肌身離さず共に過ごしてきた「君尾」の身代わりだった---。

侍に勤王(きんのう/天皇忠義派)、佐幕(さばく/幕府支持派)があれば、
芸者も客贔屓によって自然とどちらかに分かれ、座敷が忙しい。
勤王派の芸者で名を知られた1人が「君尾」である。
佐幕派要人にあえて囲われ、勤王側へ情報を流した。
お座敷で言い寄る新選組局長「近藤勇」を袖にした。
転がり込んできた志士を匿い、追手を退けてのけた。
そんな勇ましい逸話が伝えられている。

彼女の出身地は、現在の京都府 南丹市。
府内中央に位置し“森の京都”と称される山間に生まれた。
10代半ばで祇園の置屋・島村屋に属し、様々な宴に色どりを添え、
やがて多くの長州藩士と交流を持つように。
仲介役は奇兵隊を率いた“風雲児”「高杉晋作(たかすぎ・しんさく)」。
やはり「井上馨」も先輩に導かれ、花柳界の敷居を跨ぐ。

 ≪いずれ菖蒲か杜若(あやめかきつばた)≫

見初めたのは、まだ披露目間もない「君尾」だった。
片や、理想に燃え野暮で無骨な長州侍。
片や、夜の稼業に染まる前の駆け出し。
いわば初心(うぶ)同士のボーイ ミーツ ガールと言えるかもしれない。
                           
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物の怪は、愛の化身

2025年01月10日 20時20分20秒 | 手すさびにて候。
                          
寒中お見舞申し上げます。
寒の入りとともに、列島は広く雪模様。
拙ブログをご覧の皆さまは、お変わりございませんでしょうか。
くれぐれも健康にご留意のうえ、ご自愛くださいませ。

さて、僕は「雪」に対し畏敬の念を抱いています。
それは北陸で生まれ育ったせいかもしれません。
とは言え、当初はいいイメージではありませんでした。
厚い鉛色の雲に閉ざされた空から舞い落ちる冷たい雪は、
草木を覆い尽くし、色彩をモノトーンで蹂躙する「白い死神」。
子供だった僕には、この世を滅ぼす恐ろしい存在に思えたものです。
ところが、ある科学読み物をキッカケに一新しました。

<土の中にはたくさんの目に見えないび生物がいます。
 その一部は、冬も生きていてかつどうしています。
 秋、地面に落ちた葉っぱなどには栄養がいっぱいあり、
 び生物たちが冬のあいだに土のようぶんに変えます。
 じつは、そのかつどうをたすけているのが雪です。
 気温がマイナス0度いかになっても、雪の下の地面はこおりません。
 雪がふとんになってび生物を寒さからまもっているのです>
(※<   >内出典不明/記憶の中の文面

驚きました。
雪は生活を脅かすだけではなく、大地を育む役割を担うのだと知り、
印象が「恐れ」から「畏れ」へ変貌した時、
心の奥からあのクールビューティーが浮かび上がってきたのです。

ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百四十四弾「雪おんな」。



現在の東京~埼玉~神奈川の一部に跨る「武蔵国」に
「巳之吉(みのきち)」という若い樵(きこり)がいた。
彼の仕事場は川向うの森、そこへ年老いた同僚と出かけるのが日課だった。
ある冬、帰り途で猛吹雪に見舞われ、渡し舟の小屋で一夜を明かすことに。
粗末な室内には火鉢も囲炉裏もない。
蓑(みの)を被り、嵐が過ぎるのを待つうち2人は寝入ってしまった。

夜半、顔に吹き付ける雪に気付いた「巳之吉」は目を覚ました。
頭をもたげると、きつく閉めたはずの戸口が開いているではないか。
老人が心配になり首を回すと、そこには白装束の女が。
息を呑むのと殆ど同時だった。
やにわに振り向くや、こちらを覗き込んできた。
不気味な光を湛えた瞳に射すくめられた。
指一本動かせず、喋れないのは恐ろしかったからだけではない。
見惚れてしまっていたのだ。
しばらく男を凝視していた女の口角が僅かに上がる。
青白く冷たい呼気に混ざり、凛とした声音が言葉を紡いだ。

『お前はまだ若くかわいい。 仲間と同じ目に合わせるのは止めよう。
 だが忘れるな、今夜見た事は胸の中だけに留めておくのだ。
 誰かに--- たとえそれが母親でも話をしたら、お前を殺す』

言い終わるや否や、女は踵を返し音もたてず出て行った。
慌てて飛び起き外へ出たが、白装束は烈しい吹雪に紛れて見えない。
諦めて戻った屋内に、凍りついた亡骸が横たわっていた。


 一年後「巳之吉」は樵を続けていた。
独りで森に入り、木を伐り、適度なサイズに小分けする。
それを背負い母の待つ家へ帰る日々。
単純だが大変な労働で生計を立てる暮らしは、性に合っていた。
何より自然相手だから余計な話をしないで済む。
特に「あの夜」の事とか---。

そんなある日の帰り途、スラリとした一人の若い女に往き合った。
追いつき横に並んだ男の挨拶に答える声は、凛として可愛らしい。
歩きながら話をするうち「雪」と名乗る美少女の境遇が少しだけ知れた。
先頃、両親を亡くし、親類を頼って江戸へ行くところで、
向こうではどこかの大店か料理屋の女中の職を世話してもらえるはずだという。
男は思い切って尋ねた。

『お雪ちゃん、誰か“いい人”でもいるのかい?』
『いいえ、何の約束もありませんよ』

笑いながらそう言った彼女の整った横顔にどことなく懐かしさを覚えた。
今度は女が質問する。

『巳之吉さんは、どうなんです?』
『俺ぁ独り者だ。母ちゃんと暮らしている。まだ若いから嫁っ子の事は考えてもいねえ』

互いに身上を打ち明けた後、2人は押し黙り、寄り添って歩いた。
しかし、相手を憎からず思っているのは以心伝心。
村に着いた時、男は家で休んでいかないかと提案。
はにかみ躊躇いながらも申し出を受ける女。
息子が女性を連れてくる珍事に、母は大喜び。
旅程を延ばしてはどうかとまで勧めるのだった。
こうして縁が生まれ、彼女が江戸の土を踏むことはなかったのである。


 五年後「雪」は美しいままだった。
男女10人の子を儲けたが、始めて村へ来た日と変わらず瑞々しい。
きめ細かな肌は、名前のように白く透き通っている。
大概、田舎の嫁は早く年を取るのに、何故?
村人たちは、彼女に常人とかけ離れた不自然さを感じ「畏敬の念」を禁じ得ないのだった。
もっとも当の夫は、露ほども気にしていなかった。
別嬪の恋女房と可愛い子供たちに囲まれ、毎日が幸せだった。
----- 好事魔多し -----
行燈の光の下で針仕事をしている女に、不意にこう切り出した。

『お前がそうしているのを見ると、18の年に遭った女を思い出す。
 お前のように色が白くて。そっくりだったよ』

刹那、針が止まった。
ついに禁を犯した男はまったく気が付いていない。
手元を動かしながら目線を落としたまま、女が話の穂を継ぐ。

『--- へえ、初耳。続けてくださいな』

舟小屋で過ごした恐ろしい一夜。
凍死した相方と、白装束の美女。
洗いざらい打ち明けてしまった。

『あれは人間じゃなかった。
 およそこの世のものに思えないほど恐ろしく、綺麗だった。
 もしかしたら、夢か幻、かもしれないと考えてしまうんだ』

眉根を寄せ、哀し気に歪む女の顔。
涙で潤んだ瞳は、暗く沈んでいた。
その奥に不気味な光が湧き上がる。
確かに「あの夜」に見た、赤目だ。

『夢でも幻でもない、現(うつつ)だ!
 それは私!「雪」です!
 誰かに話したら殺すと言ったはず!
 --- この子達さえいなければ ---』

枕を並べ寝息を立てている小さな命の方を振り返った途端、
憤りで沸騰寸前の感情に慈愛が水を差した。
いや、我が子だけじゃない。
何度も身体を重ね、苦楽を共にしたこの男も愛しい。
「あの夜」に岡惚れしたのは、私だ。

『今度こそ忘れないで。 もし、子供たちが不幸になったら。
 今度こそ巳之吉さん、あなたを ---』

まだ結末を言い終わらないうちに、凛とした声はか細くなっていった。
そして輪郭が曖昧になり、光を照り返す細氷となって霧散していった。
それきり「雪」の姿を見た者は、唯の一人もいない。



原典は、明治37年(1904年)に出版された有名な一冊、
「ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)」著「怪談」の一節。
その大筋は変えず、脚色したのが上掲拙文である。
こうした雪おんな伝承は日本各地に残っているが、
「ハーン」版の元になったのは、彼の家の奉公人から聞いた昔話といわれる。
ストーリーテラーの出身は、現在の東京都西奥部。
埼玉・栃木・山梨と境を接するだけに、いずれ山深い地域の奇譚だろう。

ここから先は全くの推測・想像だが---
著者が、物の怪と人間の異類愛憎物語に惹かれたのは、
自身の背景と無縁ではない気がするのは僕だけだろうか。

「ラフカディオ・ハーン」は、ギリシャ生まれ、アイルランド育ち。
複雑な家庭の事情から実父母と離別し、
不幸な事故により隻眼となってしばらく後、養育者が破産。
学業を中途で諦め、遠縁を頼りに渡米。
赤貧に洗われながら勉強を続け、新聞記者の職に就く。
その頃、英訳『古事記』を読んで興味が募り日本行を決意。
明治23年(1890年)太平洋を渡った。
島根県・松江に英語教師として赴任した「ハーン」の世話役に雇われたのが、
旧松江藩家臣の娘「小泉セツ」。
2人は辞書を片手にコミュニケーションを重ね、言葉の壁を乗り越え結婚。
「ハーン」は日本に帰化し小泉家に入夫。
『古事記』にある和歌から引用して「八雲」を名乗るようになった。

思うに「雪おんな」は彼の分身だ。

時は19世紀末。
当時のヨーロッパ人にすれば、江戸の面影を留めた日本は一種の“異世界”。
歴史・習慣・文化の違う日本人は異類とも言える。
また、武門出身の女性が夫に対し似たニュアンスを抱いていて不思議ではない。
結婚に至るまでには多くの困難があり、その後も大小様々な戸惑いがあっただろう。
だから「八雲」は魔界人に己を重ね合わせたと考える。
「巳之吉」と幸せを築きながらも、いつか綻びが生じ、
別れが訪れるかもしれないと不安を抱えた彼女に。

そして、彼女は愛する伴侶の化身だ。
何故なら「雪」は「セツ」とも読めるのだから。
                          
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ダンス・ライク・トーキング。

2024年12月10日 23時00分00秒 | 手すさびにて候。
                          
個人的に好きなアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の冒頭ナレーションは、
故「木村 幌(きむら・あきら)」氏のテノールがこう語り始める。

『無限に広がる大宇宙』

宇宙の大きさは、未だ解明されていない。
但し「ヒトが観測できる宇宙の大きさ」は分かっていて「137億光年」だという。
秒速30万kmで進む光が到達まで137億年かかる距離。
更に膨張を続けているらしい宇宙は、やはり無限と考えて差し障りないスケール感だ。

それだけ広い宇宙に星は幾つあるのだろう。
わが太陽系だけで、惑星・衛星・小天体が5000個程度。
太陽系を含む銀河系は、自ら光を発する恒星だけで2000億個あまり。
それぞれに5000が付属すると仮定して、概算1000兆個以上。
更に、宇宙には銀河系並みの集合体が数千億個あるとか。
何しろ膨大な星の海である。
どこかに「別の知的生命体」がいたとしても、不思議ではない。

もし「未知との遭遇」が成ったとしたら。
最初にコミュニケーションできるのは「ミュージシャン」と「ダンサー」かもしれない。
前者は楽器さえあれば、後者は己の身だけで、意志を伝えることができるのだから。
今回はその言語を超越した技のうち、舞踏にスポットを当て源流を辿ってみよう。
行先は、およそ5000年前のエジプトである。

ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百四十三弾「ナイルの踊り子」。



アフリカ北部、ナイル川の下流域。
古代エジプトは、紀元前3世紀に成立した人類最初期の王政国家。
以来3000年近く、代替わりと政権交代を繰り返し30以上の王朝が続いた。

その間、大ピラミッドを建造した測量技術や幾何学。
青銅(銅×錫)を用いた道具類と金属加工。
ミイラ加工にも応用された医療技術。
ナイル川の氾濫周期を予測するための太陽暦。
組織だった大規模灌漑農法に土木工法。
象形文字(ヒエログリフ)とそれを簡略化した書き文字(ヒエラティック)。
Paperの語源になったパピルス紙。
--- 等々、高度な文明を築いたのはご存じのとおり。

そんな古代エジプトに生きる人々にとって、踊りは生活に欠かせない行為。
理由の1つは、それが「宗教的儀式」だったから。
美しい肉体と美しい動き--- 言語を介さない表現方法を用い、
見えない神々を称え、死者の魂に語りかけたのだ。
やがて時代が下ると別の意味合いがプラス。
「娯楽」である。

古代エジプトは食文化も豊かだった。
「エジプトはナイルの賜物(たまもの)」と言われるように、
全長6690kmの大河がもたらす肥沃な土地からは、多様な農産物が収穫できた。
富裕層はテーブルに各種のパン、家畜肉類、魚介、果物、ビール・ワインなどを並べ、
盛大なパーティーを頻繁に開催。
その場所に欠かせないキャストが、楽士と踊り子。
双方の担い手は殆どが女性。
彼女たちは神殿や葬祭殿に所属する、いわばプロ芸能集団である。
監督の元に統率され、冠婚葬祭、宴席でエンターテイメントを提供した。

残された彫刻・浮彫・彫像、壁画などに視る踊り子の露出度は押し並べて高い。
それが演出の一環なのか、何らかの意図があるのか。
どんな曲をバックに、どんなダンスをしていたのか定かではない。
だが、150年程前にフランスで出版された小説にこんな一節がある。

<果ては両膝を開いて、腹踊りを踊るエジプトの舞姫のように
 絶えず身体を細かく震わせながら、左右に揺すり、
 上体を腰の上で廻わすという奇妙な遊びにふけり出した>
(※「エミール・ゾラ」著/「ナナ」より引用抜粋

ここで言う「腹踊り」とは「ベリーダンス」のこと。
優雅でセクシー、官能美を特徴とするこの踊りも。
また、フラメンコをはじめ地中海地域に伝わる様々な伝統舞踊も。
起源を辿れば古代エジプトに行き着くとか。
遥か昔、ナイルの畔で生まれ育まれてきたダンスの遺伝子は所作となって語り継がれている。
                           
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献呈、秋の夜長にジャズを。

2024年11月16日 21時00分00秒 | 手すさびにて候。
                       
拙ブログの不定期連載『手すさびにて候』は、今投稿で242回を数える。
お絵描きの好きなオジサン(僕)が、あるテーマに基づき手描きしたイラストと文を披露。
それは私的な趣味の発露であり、個人的には大いに楽しんで作成しているのだが、
最近、気になる点がある。

--- 文面が長い。

話題の選定が偏るのは仕方がない。
コレは個人ブログだから。
だが長文に過ぎるのは、読み手に対し不謹慎・不親切なのではないか?
文字数が多くなるのは内容の充実を図りたい一心からではあるが、
もう少し簡潔にした方が、より良い読後感に浸ってもらえるのではないか?
そう考え今回は「いつもより短くを心掛け」つつ、
最後に音楽を楽しんでもらう趣向としてみた。
どうか、時間と都合がつけばお付き合いくださいませ。

ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百四十二弾「ヘレン・メリル」。



「ヘレン・メリル」は、昭和4年(1929年)クロアチア移民の両親の元、
ニューヨーク マンハッタン島の北、ブロンクス地区に生まれた。
初舞台は14歳の時。
地元のジャズ・クラブで歌うようになる。
当時、多くの大都市が戦火に見舞われる中、一切攻撃を受けなかったニューヨーク。
やがて戦後、パリ以上の芸術の都、ロンドンを上回る商業の中心地として、
世界の首都と呼ぶに相応しい威容と経済力を誇っていた。
そんな大都会だから、音楽・エンタメも盛ん。
若くして「マイルス・デイビス」や「ディジー・ガレスビー」、「バド・パウエル」ら、
ジャズの巨人達との共演を経験し、歌声に磨きをかけてゆく「ヘレン」。

最大の特徴にして魅力は“ニューヨークのため息”と称されるハスキーボイスである。
それは、ジャズのルーツの1つ、アフリカ系シンガーとは異なる持ち味。
恵まれた体格(声帯)から産み出される声量のスケールや、
黒い肌の出自と歴史に裏打ちされた哀愁では及ばない。
しかし、たっぷり湿度を孕んだウェットな情感を武器に、彼女は注目を集める。
名前が広く音楽ファンに知れ渡ったのは1955年リリースのアルバム、
『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』。
そこに収められている曲こそ、今投稿の眼目。

即ち『 You’d Be So Nice To Come Home To 』。
(ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ)

作詞作曲は、アメリカエンタメ界を代表する音楽家「コール・ポーター」。
『 I’ve Got You Under My Skin 』。
『 Lave For Sale 』。
『 Night And Day 』。
『 Begin the Beguine 』など数々のスタンダードナンバーを手掛けた天才による曲、
『 You’d Be--- 』は、概ねこんな内容。

<君の待つ家に帰れたら。
 暖炉のそばに君がいてくれたらそれでいい。
 空でそよ風が子守唄を奏でていても僕の望みは同じ。
 凍てつく冬の星の下でも、灼けつく真夏の月の下でも。
 You’d be paradise to come home to and love.  
 愛する君がいる場所、そこは天上の楽園に等しい>

(※意訳/りくすけ)

元々は、1943年に公開された映画の劇中歌。
つまり時は大戦下。
星が瞬く凍ていたロシアの夜空の下で凍えながら、
月が照らす太平洋の島のジャングルで怯えながら。
遠い異国の戦場に身を置く愛する人と引き離された銃後のアメリカで、
『 You’d Be--- 』は共感を呼んだ。

ウクライナ-ロシア。
パレスチナ-イスラエル。
2つの戦争が続く2024年の秋の夜長だ(投稿時)。
耳を傾けてみてはいかがだろうか。

Helen Merrill / You'd Be So Nice to Come Home To [with Lyrics]]

                          
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猛き君へ(平安ダークサイド)。

2024年11月09日 22時00分00秒 | 手すさびにて候。
                      

今は昔 何れの御世の頃であろうか。
大柄で逞しく赤ひげを蓄えた侍がいた。
夕暮れ時、その男が都の裏道を歩いていると---
『チュッ チュッ チュッ』
何処からか鼠鳴きが聞こえてきた。

声のする方を見遣ると、ある家の窓から差し出された形のいい手が招く。
『もし、こちらへ。閂(かんぬき)はかけておりません』
訝しく思いながらも、男は誘われるまま足を踏み入れた。
御簾(みす/すだれ)の向うから、お香の甘い匂いが漂ってくる。
覗き込んだ薄暗い部屋の中には、美しい女が一人。
脇息(きょうそく/肘掛)に躰を預け横臥していた。

耳朶をくすぐる衣擦れ。
投げ出された白い両脚。
濃密さを増す甘い香り。
口角上げた無言の頷き。
男が理性を失うまで大した時間は必要なかった。

それからというもの、上げ膳据え膳、至れり尽くせり。
振舞われる食事を愉しみ、しなやかな肢体を味わい、眠りに就く。
夢のような日々が二十日あまり流れた頃合いで、女が切り出す。

『こうして睦まじい間柄になったのは、かりそめではありません。
 二人は深い絆で結ばれた運命の相手。
 ならば、私の申し上げることに、よもや嫌とはおっしゃいませんね。
 たとえ、それが生死にかかわるとしても』
男が全面的に容認すると、女はほくそ笑んだ。

人気(ひとけ)が絶えた翌日の昼、
女は男を別棟に連れてゆき、柱を抱かせる格好で上半身を剝き出しにし拘束。
手にした細長い杖で打ち付け始めた。
風切り音を立て得物を力一杯振り下ろしながら、こう尋ねた。
『痛いでしょ?!』
『大した---うっ!ことはない』
『ふふっ見込んだとおり。--- 頼もしいわねっ!』
計80回叩かれ血が滲む背中に丁寧な治療を施し、女は豪勢な食事を与えるのだった。

それから三日ばかりが過ぎた時、再び磔にされ打たれた。
癒えて間もない傷痕に衝撃が走る。
肉が裂け、血が流れるのが分かる。
容赦なく加虐した後、無残に腫れ上がった肌を女の指がなぞり、舌が這う。
『どお?堪えられるかしら?』
『何のこれしき』
本当はもちろん辛くて仕方がない。
だが、男は汗にまみれた顔に笑みさえ浮かべてみせた。
お陰で女は感心しきりである。

手厚く介抱し、また同じことの繰り返し。
今度は仰向けに縛り付け、腹にも杖が振り下ろされる。
やがて背中は甲羅のように盛り上がり、腹は鉄の鎧で覆われた。
尋常ではないやり方で鍛えられ、戦闘体に改造された男は、
女の命じるまま盗賊の片棒を担ぐようになるのである。

ほんの手すさび 手慰み、不定期イラスト連載 第二百四十一弾
「今昔物語集 巻二十九 第三話~謎の女盗賊」。



令和6年(2024年)放映のNHK大河ドラマは『光る君へ』。

<主人公は紫式部(吉高由里子)。
 平安時代に、千年の時を超えるベストセラー『源氏物語』を書き上げた女性。
 彼女は藤原道長(柄本佑)への思い、そして秘めた情熱とたぐいまれな想像力で、
 光源氏=光る君のストーリーを紡いでゆく。
 変わりゆく世を、変わらぬ愛を胸に懸命に生きた女性の物語。>
(※<   >内、NHK公式HPより引用/原文ママ

僕は同作を観ていないので内容詳細は不明ながら、平安朝中期の群像劇と推察する。
拙ブログをご覧の貴方は、舞台になっている時代にどんな印象を抱くだろうか?
・背丈より長く伸びたヘアスタイル、大垂髪(おすべらかし)。
・色鮮やかな重ね着ファッション、十二単(じゅうにひとえ)。
・御簾の奥に隠れた高貴な男女が、和歌を詠み、愛を語り合う。
・国風文化が花開いた、煌びやかで雅な雰囲気。
--- など、絵巻物のような世界観をイメージするかもしれない。
だがそれは、アッパークラスのファンタジー。
文字通り“絵に描いた餅”だ。

現実は、誰しも安穏ではいられなかった。
満足な冷暖房・照明はなく、暗くて寒い(暑い)生活環境。
医療は未発達で、食事は質素。
栄養は充分と言えず、常に病と隣り合わせである。

更に、当時はバリバリの階級社会。
名もない民衆が、一握りの貴族を支えていた。
彼らは朝廷から取れるだけの税を絞り取られ、収奪的な支配下に置かれていた。
貴族に非ずんば人に非ず。
人権思想など影も形もなく、市井の人々が『源氏物語』や『枕草子』に登場することはほゞない。
殿上人の世話を焼く侍女などは端役にキャスティングされているが、
畑を耕す百姓、商売人は極まれに顔を出す程度。
路上を彷徨う物乞い、物影に蠢く泥棒など以ての外だ。

では、その他大勢は歴史の闇に葬られてしまったのか?
否『今昔物語集』がある。

平安期の終わりごろに編纂されたらしいという以外は、
成立過程、作者、正確なタイトルも分からない。
単に各物語の書き出しが「今は昔(意:今となっては昔の事/かつて)」となっているため、
後に便宜上与えられた名称に過ぎない謎多き文学なのだ。
全31巻のうち、現存しているのは28巻。
天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部構成。
欧州~中東~北中南米~アフリカ~オセアニアの知識が欠落した当時とすれば、
世界の全てを網羅する壮大なアンソロジー。
“和製アラビアンナイト”といったところか。

そこに収められた1000以上の説話は、実に多種多様。
因果応報譚や仏教関連。
ユーモアに富んだ小話。
背筋の凍りそうな怪談。
切ないラブストリーなど、あらゆる人間像が活写され、
御殿の外に広がる、物騒で生々しい営みの片鱗を教えてくれる。
今投稿冒頭で取り上げた『謎の女盗賊』は、好例の1つと言えるかもしれない。

前述したとおり貴族階級の関心は、自分たちの周り--- 宮中のみ。
下賤な輩がどうなろうが知った事ではなく、警察機構はお粗末な限り。
結果、都は盗賊が跋扈する弱肉強食の無法地帯と化す。
やがて裕福な者は、我が身と財産を守るため屈強なガードマンを雇うように。
こうして「貴人に仕える人」=「侍(さぶら)う人」≒「侍」の勢力が拡大していった。
エピソードからは、治安悪化や武士の台頭など、
歴史が、次の時代へ舵を切ろうとする気配が窺えるのである。

--- さて、その後の二人の顛末についても紹介しておこう。

男は、女の指示に従い、色白で小柄な頭目が率いる盗賊団の一員になった。
与えられた任務は、押し入った先の反撃を黙らせる護衛役。
無事に役目をこなして家に戻り、風呂に浸かり、飯を喰い、女を抱いた。
いつもより数倍も心地好く、美味く、快楽に溺れた。
『悪くない』
男はこの暮らしを気に入った。

7~8回は罪を重ね2年近くが経っただろうか。
急に女が塞がちになった。
涙の訳を聞いても要領を得ない。
『人の世は儚いもの。いつか訪れるかもしれない別れを考えると、悲しくなるの』
嘆きの真意は見当つかなかったが、一時的な気の迷いと思うようにした。
そんなある日、男に用事ができた。
留守にするのはほんの数日。
ところが---。
帰り着いてみると、愛する女も、居心地のいい家も、何もかもなくなっていた。
『???』
茫然自失でも腹は減る。
男は生きるため初めて自分の意志で盗みを働き、縄に就いた。
そして、思い至った。

『そう言えば、一度だけ遠くから目にしたアイツ---
 盗人どもが畏敬の視線を向けていた色白で小柄な頭目の横顔は、
 ハッとするほど美しく、どこか女の面差に似ていた』

真に不可思議な話ゆえ、となむ語りたまへたるとや。
                           
コメント
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