つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

今宵、綺羅星々が瞬く。(追記アリ)

2020年05月31日 12時03分03秒 | 賭けたり競ったり

僕が暮らす石川県の津幡町には、こんな地点名がある。

「住ノ江(すみのえ)」だ。
「江」を辞書で引くとこうある。
『海や湖沼の陸地に入り込んでいる所。入り江。古くは、広く海・川・堀などをいった。』
現在「住ノ江」周辺は、海や湖沼の陸地に入り込んでいる所ではない。
海もない。 
近くに川はあるが、川は町内を横断していてここだけの特徴ではない。
以下、まったくの独りよがりな空想。
かつて城下町・宿場町だった頃、
干拓前の河北潟が迫る湿地が広がっていた頃、
今とは様相の違う当時の名残が、呼び名になっているのではないだろうか。

大阪にも似た地名がある。

「住之江(すみのえ)」である。
古代、大阪市・住之江区周辺は海が迫り、入り江をなしてしたという。

--- 枕が長くなった。
今宵、大阪「住之江競艇場」に於いて、
「第74回 ボートレースオールスター(笹川賞競走)」優勝戦が行われるっ!

今年2つ目のSG(スペシャルグレード)競走。
ファン投票で選ばれた者と推薦枠あわせて52名、
綺羅星の如き人気レーサーたちが一堂に会し覇を競う。
5日間の激戦が繰り広げられ、最後のピットへ舳先を進める6戦士が決まった。

1号艇:篠崎 仁志(福岡)
2号艇:徳増 秀樹(静岡)
3号艇:守田 俊介(滋賀)
4号艇:平本 真之(愛知)
5号艇:毒島  誠(群馬)
6号艇:白井 英治(山口)

おととい予選最終日は大荒れだった。
得点上位者たちが、着を落とし、フライングに散り、
あれよあれよという間に転がり落ちてゆく。
レースが終わるたびに順位が入れ替わる。
次ステージ進出のボーダーも乱高下。
こんな流れの中では、往々にして伏兵が現れるものと思っていたら、案の定。
8位から7人牛蒡抜きで「篠崎仁志」がトップに躍り出た。
もちろん、ラッキーだけではない。
本人の高い技術と、強い意志があればこそ。
彼は自分の力で「流れを掴んだ」のである。

果たして「篠崎」は、きのうの準優勝戦も危なげなく乗り切り、
本日のポールポジションを獲得した。
SG初戴冠、濃厚である。
隣に陣取る「徳増」も勝てばSG初戴冠。
2人の一騎打ちになる可能性が高い。

僕がエールを送る「毒島」は、何とか踏ん張った。
おとといの失速がなければ、もっといいポジションにいたのに。
去年の「住之江グランプリ」と同じ、予選最終日が鬼門だった。
致し方ない。
優勝戦が乱戦にもつれ込めば、栄冠への道が拓けるかもしれない。
正直、かなり厳しいと思う。
しかし、勝負は何があるか分からない。
オジサンは、淡い期待を抱いて夜の訪れを待っているのである。

それにしても「平高奈菜」は、惜しかった。
一時は3コースから2番手に浮上し、
内から外から追いすがる男子トップレーサー共を突き放し、
史上3人目の女子SGファイナリスト進出を手にしかけた。
最後は力尽きてしまったが、素晴らしい走りを見せてくれた。
胸が熱くなった。
舟券も当たりそうだったし(笑)。

さあ、そんなこんなで迎えた「オールスター」ラストバトルのファンファーレは、
本日20時40分に轟く。
BSフジで生中継もある。
ご都合が許せば、観戦をお勧めしたい。

<追記:2020年6月1日>

夜空に瞬く綺羅星の中で、一等星に輝いたのは「篠崎元志」だった。
他艇を寄せ付けない見事なイン逃げで、SG初戴冠!
おめでとう!
勝利者インタビューで「やっと緊張から解放された」と、
涙ながらに語る様子が印象に残る。
勝って当然の1号艇。
兄弟でのSGウィナー。
去年フライングを切った喪が明けたSG復帰戦。
--- 軽くない重圧を跳ね除ける戦いだっただろう。

応援した「毒島誠」は3着。
レース中、2着に上がれる場面もあったが、叶わなかった。
しかし、気迫溢れるいい走りだった。
次に期待。
年間チャンピオンを目指して欲しい。
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津幡町の学校物語~れきしる企画展。

2020年05月30日 12時26分39秒 | 日記
入梅前の気持ちよく晴れた日、大西山を訪れた。
理由は2つある。
1つは、空に浮かぶ雲に誘われたから。

まだサイズは小さいが、入道雲は「夏仕様」。
気温が上がり、地表の温度が上がると、地上から上空へ上昇気流が発生。
上昇気流に含まれる水蒸気を吸収して雲が発達。
少々乱暴に言えば、それが「入道雲」だ。
夏の季語であり、高くそびえる山に見立てて「雲の峰」ともいう。
雲の峰 白帆南風に むらがれり --- 正岡子規」。
その姿は、季節が変わったことを教えてくれる。

訪問の理由、もう1つは施設見学。

新型コロナウイルス感染拡大防止の為、
先月半ばから臨時休館していた「津幡ふるさと歴史館 れきしる」が再開した。
現在、企画展「津幡町学校物語」を開催中である。

久しぶりにお邪魔し、館長さんらとしばし言葉を交わす。
お互いの近況やコロナ下の生活などについて話をした後、企画展を拝見。
ここからは、展示をかいつまんで紹介したい。

@パネル上<昭和2年の津幡尋常高等小學校 校舎>
 初等義務教育が6ヶ年になる以前、就業4年の尋常小学校と、
 高等小学校(現在の中学1・2学年相当)を1つにまとめた教育機関。
@パネル下<昭和40年3月撮影 建て替え前の津幡小学校>
 僕が通学した校舎も今はないが、その更に以前に建っていた木造校舎の雄姿。

@昭和36年頃の津幡中学校、校庭に人文字を描いた空中写真。
 今ならドローン&デジカメでそれなりにお手軽だろうが、
 ヘリを飛ばしフィルム撮影する当時は、苦労も多く大がかり。
 僕も在校中に撮影に参加した記憶がある。

@アルマイト製弁当箱、算盤、硯、つけペン、木琴、ハーモニカなどの学校用具類。
 僕が使っていたものより、少々年代の古いものが多いが、
 どれも馴染みのある懐かしいアイテムばかり。

@尋常小學校 理科書 第四學年 兒童用(昭和10年発行)。

@帝国讀本 高等科用(明治33年発行)。
 発行年代、挿絵の軍服・兵装などから「日清戦争」頃の軍事演習と推察。
 今なら、教科書に自衛隊の総合火力演習が載っているようなもの。
 まず載る事はない。
 時代の違いが分かる。

@れきしる関係者手作り(と思われる)出席簿の小道具と、チョーク。
 久しぶりに見た---「ハゴロモ・チョーク」。
 「羽衣文具」は、愛知県・春日井市にあった文具メーカー。
 平成27年に技術移転し廃業。ブランドとしては存続している。

これらはほんの一端、様々な展示を通じて時間旅行が楽しめる。
丁寧な説明付きの目録もアリ。
れきしる企画展「津幡町学校物語」は、7月12日まで開催。

折しも、週明け(2020年6月1日)からは町立小中学校の通常授業がスタート。
今年度は夏季及び冬季休業期間を短縮して行う予定との事。
何かと慌ただしいシーズンになりそうだ。
そんなタイミングだけに、教育の歩みを振り返り往時を偲んでみてはいかがだろうか。
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憧れのウイグルは涙に暮れているか。

2020年05月26日 16時25分15秒 | 手すさびにて候。
シンセサイザーの幻想的なテーマ音楽が流れはじめ、
夕闇迫る砂の海を、駱駝という船に乗って黙々と往く隊商の列。
そこに重なる、感情を抑えた「石坂浩二」のナレーション。
ブラウン管の前に座る僕の心は、冒頭から旅の空に誘われた。

1980年に始まった、日中共同取材・制作による番組、
「シルクロード 絲綢之路(ししゅうのみち)」は、画期的だったと思う。
特に旅情を搔き立てられたのは、大陸最深部の「西域」。
ソビエト連邦(当時)と国境を接する「新疆(しんきょう)ウイグル自治区」の映像である。

オアシスの木陰で微笑む人々の容姿は、東アジアのそれとは別物。
彫の深い面立ち、こぼれそうに大きな瞳、ほんのり色付いた滑らかな肌。
長い手足を鮮やかな原色の民族衣装で包み、
華やかな髪飾り・装飾品を身に着けた名も知らぬ女性は、
砂漠に実る葡萄のように美しかった。

そんな“憧れのウイグル”が、今、大変な事態になっているという。

ほんの手すさび手慰み。
不定期イラスト連載、第百四十二弾は「ウイグルの涙」。

ウイグル族は、新疆ウイグル自治区を中心に暮らすトルコ系イスラム教徒。
それが「消滅」の危機に瀕しているという。

昨年の報道によれば、100万人のウイグル人が収容キャンプへ送り込まれた。
そこで行われているのは「民族浄化」・「民族同化」という悪行。
長い歴史の中で育まれた信仰や文化・習慣・言語などを棄てさせ、
「中国共産党公認」の文化・言語へ「アップデート」しようとしているんだとか。
--- より禍々しい、耳を塞ぎたくなるニュースも容易に検索できる。

「テロ防止」「独立阻止」などを錦の御旗に掲げた「弾圧」に対し、
国連は「深い憂慮」を表明。
アメリカ国務省は、身柄を拘束された、あるいは消えたウイグル人に言及した。
一方、イスラム諸国は抗議の声を上げていない。
中央アジアから中東にかけ「一帯一路(※)」に参画している国は多い。
沈黙の背景に中国の経済力が見え隠れしている。
また、アメリカの姿勢には大国の思惑が滲む。

確かに、ウイグル右翼によると思われる武力行使はあった。
それは良くない事だ。
しかし、何故テロルを選択したのかも考えなければならない。
さらに、民族の存在そのものを否定するのは間違いだ。
前述の報道が事実なら「ホロコースト」に等しい。

どこの国にも、どの民族にも「自己優位」の傾向は、大なり小なりある。
もっと小さな「個」に照らし合わせても似たようなもの。
僕自身「自己中心」の考えが頭をもたげる事を否定できない。
そもそも歴史を紐解けば、日本も、欧米も、アラブも同じ轍を踏んできた。
同じ穴の貉(むじな)である。
人間は、何と恐ろしく罪深いのだろう。

(※一帯一路は、2013年に提唱された中国の巨大プロジェクト。
  アジア、アフリカ、ヨーロッパ、オセアニア、80近くの国々を
  鉄道、海上交通路、他のインフラ・プロジェクトで結びつける構想。
  現代のシルクロードとも呼ばれる。)
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賭けたり、競ったり、祈ったり。

2020年05月24日 17時05分05秒 | 賭けたり競ったり
本日の散歩、歩いたのは早朝7時前ながら、よく晴れ、かなり暑い。
そこで途中、一休みしようと、地域の鎮守「住吉神社」に立ち寄る。
神社の森は、強い日差しを避けるには絶好の場所。
足元で舌を出す愛犬と一緒に、涼しさを満喫した。

画像の左、立木に縛り付けた杭が分かるだろうか?
「天皇陛下お手まきの栢野(かやの)の大スギ
 第三十四回 全国植樹祭 昭和五十八年五月二十七日」とある。

栢野大杉は、石川県加賀市山中温泉の菅原神社境内にある杉の巨木。
同神社に4本ある神木の1つで、国の天然記念物。
昭和22年(1947年) 第2回 石川国体の際に昭和天皇が立ち寄り、
「天覧の大杉(てんらんのおおすぎ)」の別名アリ。
--- ちょうど今から37年前、津幡町「森林公園」で行われた「植樹祭」では、
昭和天皇が蒔いたスギの種子は、この大杉から採取されたそうだ。

過去投稿「津幡ふるさと歴史館 れきしる企画展」でも、式典の模様が紹介されている。
ご興味があれば、ご覧くださいませ。

さて「住吉神社」の祭神は“海の神様”「綿津見神(わたつみのかみ)」。
現在、周辺に水辺はないが、かつては海につながる「河北潟」が迫っていた。
舟が物流の主役を担い、漁業が生業だった時代、
水運・海運・造船の安全、水難除けなどを願い、人々が手を合わせた。
--- 僕も「競艇」の未来と安全を祈る。

公営競技のトップを切って、艇界は観客受け入れを始めた。
緊急事態宣言が解除された地域の各競走場及び場外発売場において、
新型コロナウイルス感染症対策を講じ、随時再開してゆく方針。
但し、当面の間、G2以上の本場開催は、無観客を継続する。
つまり、地方の人気選手の参加が少ないシリーズで、
様子を見ながらやろうという訳だ。

ご意見、様々あるだろう。
個人的には、ちょっと早い気がする。
しかし、待ちに待ったファンがいる。
ファンの来場を待った関係者もいる。
観る側も、迎える側も、コロナ以前に比べ処し方は変化しているに違いない。
新たな一歩を踏み出した先に、どうか光在らんことを。
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津幡短信vol.72~令和弐年・早苗月。

2020年05月23日 12時27分26秒 | 津幡短信。
津幡町に関するよしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。
今回はこの3本。

【夏を告げる鳥。】

今朝、散歩に出かけて妙な感じがした。
どうもおかしい、何かが違うなと思った。
歩みを進めながら気付く。
「--- そうか、燕がいないんだ!」

5月の声を聞いて間もなく、遥か南方からやって来た燕たちが、
ツイーッ、ツイーッと飛び交う様子が、ここ最近の定番だった。
餌を探し回り、風を切る親燕。
帰りを待つ、子燕達の啼き声。
そんな見慣れ、聞き慣れた日常が消えた。

雛と呼ぶには大きな姿を見たのは一週間前。
どうやら、子育てもひと段落らしい。
今頃は巣を離れ、独りで生きてゆく経験を積んでいるのだろう。

【終焉、マスクバブル。】


新型コロナ感染拡大を始めてから、長らくマスク不足が続いた。
需要が供給を上回り、値段も上がった。
僕は、平時に比べれば随分お高い「ウレタンマスク」を買い、
洗濯して使い回してきた。
--- が、どうやら、落ち着いてきたように思う。

「アベノマスク」は、まだ届かない。
石川県が準備した「県民向けマスク(有料)」も利用せずに済みそうだ。
新型コロナには警戒しつつ、共生を模索する段階になった。

【完成間近。】

昨年末から始まった橋梁工事が、最終段階を迎えたらしい。

橋の下に設置されていたトタンやベニヤの覆いが取れた中からは、
真新しい、橋板を支える水平材「主桁」と柱「橋脚」が姿を現す。
インフラ整備は、大事な手当である。

<津幡短信vol.72>
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