東京都心から「冬日」が姿を消している。
今季の冬は、まだ1日だけしか「冬日」になっていない(1月20日現在)。
冬なのに「冬日」がないって、どうしてなのか。いつから「冬日」はなくなっているのか。
100年分を超える気象データと過去の写真から、東京の冬の変化を追った。
◆「見える化」すると昔は真っ青、今は…
気象庁によると、「冬日」は、最低気温が0度未満の日だ。
どうして最低気温が0度未満になる日を「冬日」と呼ぶのか、と気象庁に尋ねてみた。「なぜなんでしょう。今となっては、分からない」との回答だった。
昔は、まさに冬を表す目安だった。
「冬日」を見える化しようと、東京都心の12〜2月の日々の最低気温について、0℃未満にまで冷え込んだ日を青色で塗った。
100年ほど前は、多くの日が青だ。同じことを、ここ10年間でもやってみた。違いは歴然。青色がついた日は、まばらだった。
(図)100年前の1914年12月~1924年2月について東京都心で「冬日」になった日を青色で塗った。6割近くの日が青くなった
(図)近年の2014年12月~2024年2月について東京都心で「冬日」になった日を青色で塗った。青の日は1割ほどで、ほとんどが白いままだった
◆冬は短く、暖かく
最低気温のおおよその傾向をつかもうと、日付ごとに10年ずつ最低気温の平均値も計算した。年によって暖かかったり寒かったりする変動を取り除くための計算だ。
寒い日ほど青色を濃く、暖かい日ほど赤色を濃くすると、最近になるほど冬が短く、暖かくなっている様子が浮かんだ。
(図)1915年から100年間の東京都心の冬について、最低気温の10年平均値を並べた。1964年ごろまでは1月などに0℃未満を示す青色があるが、他は高い温度を示す赤色がほとんど
◆雪を載せた都電の写真
「冬日」が多かったころの冬は、どんな様子だったのか。
東京新聞には、雪を被った都電の写真が残っていた。東京都中央区で撮影されたそうだ。
撮影日は、1954年1月23日とみられる。この日、東京都心は26センチの雪が降っていた。
(写真)1954年1月23日に撮られたとみられる大雪の様子。東京都中央区で都電が立ち往生した
この日の最低気温は0.2℃だったが、翌24日からはマイナスになる「冬日」が19日間続いた。-5℃や-6℃も記録していた。年間の「冬日」が30日あったころの様子だ。
◆「大丈夫かな、凍死しないんだろうな」
ちょうど80年前になる終戦の年、1945年の東京都心の冬日は81日。翌46年も58日あった。
(図)終戦直後との「冬日」の比較。終戦直後の1945年12月~1946年2月は冬日が49日あったが、最近の2023年12月~2024年2月は2日だった
終戦から半年後の1946年1月初旬のことだ。東京新聞の写真記者、石井幸之助さんは上野駅の地下道でムシロを被っていた路上生活者たちの姿を伝えている。
年末から、氷点下まで冷え込む日が続いていた。
「大丈夫かな、凍死しないんだろうな」
(中略)
怒られるのを覚悟しながら、ムシロをめくってゆくと、そこには冷たく動かなくなった人、いま息をひきとろうとする人、からだをくの字にガタガタとふるえている小児の姿があった。
=「石井幸之助写真集 戦後の顔」(東京新聞出版局)より
東京都戦災誌(2005年発行)によると、東京大空襲などの影響でトタン屋根の小屋や、掘った穴などを住まいにする人たちが急増し、1945年9月時点では都内全域で31万人を超えていた。翌1946年の年末の警視庁調査では、仮小屋などに住む1446戸5936人が「越冬困難な状態」にあったという。
(写真)1949年11月、東京・上野のムシロ小屋で寒さをしのぐ台湾からの引き揚げ者
◆気象予報士が語る「これから先」
当時と比べれば、厳しい冬ではなくなってきているのだろう。しかし、やっぱり冬は寒い。
気象予報士の正木明さん(63)に素朴な疑問を投げかけた。日々、テレビの天気予報コーナーに登場し、地球温暖化との繋がりも発信するベテラン予報士だ。
(写真)天気予報コーナーで「温暖化指数」も使って解説する正木明さん =ABCテレビ提供
記者 東京都心の冬日の減少は、ヒートアイランドの影響でしょうか?温暖化の影響でしょうか?
正木さん 両方だと思います。両方が重なって、気温が底上げされているのではないでしょうか。東京は海の影響を受けるので、大気の温暖化だけでなく、海の温暖化の影響もあると思います。
記者 体感としては、今も冬は寒いです。温暖化していると言われても、不思議な感じもします。
正木さん 人の体感って、昨日と比べてぐっと寒くなったら寒いって感じるし、風のあるなしとかでも変わりますよね。
寒気は毎年のようにやってきます。夜中のうちに地上の熱がどんどん逃げてしまう「放射冷却現象」も起きます。
基本的には、温暖化が進んでも春夏秋冬という四つの季節は、ちょっと今までと違う形ですけども、なくならないはずです。
記者 ちょっと違う形?
正木さん 今季の冬ってちょっと早めに寒さが来て、日本海側で雪が多く、冬らしい冬になっています。原因は、北極付近の気温がわりと高くて、北極にあるべき冷たい空気の南下が強まっているんですね。
日本上空の偏西風も蛇行している。その影響で、寒気が南下するタイミングもあれば、ちょっと収まったタイミングには異常に暖かくなったりもします。
これから先、1つの冬の間で、1日ごとの寒暖差がどんどん大きくなっていくような流れにはなっているんじゃないかと思います。
記者 そうすると、服の選び方や体調管理に影響がでそうですね。
正木さん 難しくなっていくと思うんですね。
記者 冬の防災で気をつけた方がいい変化はありますか?
正木さん 雪だと思います。
海水温が高いので蒸発しやすくなって日本海の空気が、めちゃめちゃ水分を含む。だから温暖化が進むと、タイミングによっては日本海側の雪が極端に多くなる。
ただし、寒気が去ってしまって、積雪がある場所で雨が降ったり気温が極端に上がったりすると、融雪洪水が起きます。雪崩も発生しやすくなります。
東京など太平洋側には直接は当てはまらないと思います。ただし、気象現象の変化は激しい。
雨量が多くなるのは梅雨や夏場や台風ですけど、冬の降り方も一度に降る雨量が多くなる可能性もある。南海上を通る低気圧の位置によっては雪になることもあると思います。
記者 冬の常識が変わっていく可能性があると考えたりしますか?
正木さん よく考えます。雨も気温もそうですけど、観測史上1位がどんどん塗り替えられている。
なので、これから先、特に大事なのは日々の天気予報だと思うんです。
記者 俳優の中山美穂さんがお風呂で亡くなったニュースをきっかけに浴室と部屋の温度差などで起きるヒートショックのリスクも注目されました。こうした備えの大切さは変わらないのでしょうか?
正木さん 大切さは変わらないかなと思います。冬だからこその対策は、もちろんベースであっていいんです。
ただ、日々の変化が激しい状況が増えていくとなると、今まで以上に毎日の予報に注意してもらいたいです。
例えば、極端に気温が下がる日は予想できます。対策のために日々の天気予報を使ってもらえたらと思います。
データの出典と加工 気象庁の「過去の気象データ検索」から12月、1月、2月の日々の最低気温を取得。ビジュアル化サービス「Flourish」で色付けした。
「冬日」の見える化は、年をまたぐ冬のシーズンごとに整理している。「冬の最低気温の傾向」は、どの期間の平均値なのかが伝わりやすいようにと考え、冬のシーズンではなく年を基準に平均値を計算し、12月、1月、2月の順に並べた。
データの整理にはプログラミング言語「Python」を一部、活用した。
記事執筆、データ可視化:福岡範行
過去の写真調査:由木直子