喫茶店で休んでいた時、近くのテーブルに金髪の娘が2人座っていた。顔が見えなかったので白人かと思っていたら、やがて日本人だと分かった。茶髪というよりも薄い金髪だった。
年のせいなのだろうが、どうも若い子の茶髪や金髪は好きになれない。別に白人かぶれしているわけではなく、ファッションに過ぎないのだろうが、このような色の髪は、肌が欧米人のように白くない日本人には似合わないと思う。やはり日本人の女性には黒い髪が似合うように思うのだが時代遅れか。しかし金髪や茶髪でなくても、髪を染めていない女性は少ないようだ。テレビの時代劇を見ても、鬘でなく地毛で出ている場合の若い女性の髪が、栗色や茶色がかっていると興醒めしてしまう。普段パーマをかけているので変色しているのだろう。中国人の若い子は金髪、茶髪はまだ少ないようだが、軽く栗色がかっている程度に染めているのが多くなった。私の若い友人の女性達もほとんど染めている。なぜ黒髪を敬遠するのだろうか。アジアの他の国ではどうなのだろうか。
つややかな黒髪を表現するのに「緑なす(緑の)黒髪」と言う。つややかな黒色がなぜ緑なのか浅学にして知らない。緑という語はミドが語源で、「瑞々(みずみず)し」のミヅと関係があるかと広辞苑にあるが、「緑の黒髪」も「みずみずしい」と関係があるのかも知れない。緑はまた、深い藍色を言うこともあるようだ。信号の緑は青信号と言っているが、黒を緑と表現したり緑を青と言ったり、どうも日本人の緑色に対する感覚は特殊なものがあるようにも思う。
「緑の黒髪」と言う表現は好きだ。もうひとつ黒髪を「烏の濡れ羽色」と表現することがあるが、これはよく分かる。ただ烏の羽の色と言うのでなく、濡れた羽の色としたところが細かい。
若い人だけでなく、年配者も髪を染めることはよくあるが、これは白髪隠しのことが多いようで、私の妻も50代に入って白髪が目立つようになると淡い栗色に染めるようになった。それはそれで良いのではないかと思っていたが、存命ならば70歳を過ぎている。やはり染め続けているだろうか、それとも年齢相応に白髪の良さを強調するようになっているだろうかと時々考えることがある。男性の場合、白髪隠しには黒く染めるのが普通のようだが、あまり年をとって濃い黒色に染めていると、髪と顔が何かアンバランスで顔が年寄り臭く見え、それに髪には艶がなくてかえって年が分かる。私は染めたことはなくそのままにしているが、もうほとんど白く、ロマンスグレーと呼ばれるような時代はとっくに過去のものとなった。
年のせいなのだろうが、どうも若い子の茶髪や金髪は好きになれない。別に白人かぶれしているわけではなく、ファッションに過ぎないのだろうが、このような色の髪は、肌が欧米人のように白くない日本人には似合わないと思う。やはり日本人の女性には黒い髪が似合うように思うのだが時代遅れか。しかし金髪や茶髪でなくても、髪を染めていない女性は少ないようだ。テレビの時代劇を見ても、鬘でなく地毛で出ている場合の若い女性の髪が、栗色や茶色がかっていると興醒めしてしまう。普段パーマをかけているので変色しているのだろう。中国人の若い子は金髪、茶髪はまだ少ないようだが、軽く栗色がかっている程度に染めているのが多くなった。私の若い友人の女性達もほとんど染めている。なぜ黒髪を敬遠するのだろうか。アジアの他の国ではどうなのだろうか。
つややかな黒髪を表現するのに「緑なす(緑の)黒髪」と言う。つややかな黒色がなぜ緑なのか浅学にして知らない。緑という語はミドが語源で、「瑞々(みずみず)し」のミヅと関係があるかと広辞苑にあるが、「緑の黒髪」も「みずみずしい」と関係があるのかも知れない。緑はまた、深い藍色を言うこともあるようだ。信号の緑は青信号と言っているが、黒を緑と表現したり緑を青と言ったり、どうも日本人の緑色に対する感覚は特殊なものがあるようにも思う。
「緑の黒髪」と言う表現は好きだ。もうひとつ黒髪を「烏の濡れ羽色」と表現することがあるが、これはよく分かる。ただ烏の羽の色と言うのでなく、濡れた羽の色としたところが細かい。
若い人だけでなく、年配者も髪を染めることはよくあるが、これは白髪隠しのことが多いようで、私の妻も50代に入って白髪が目立つようになると淡い栗色に染めるようになった。それはそれで良いのではないかと思っていたが、存命ならば70歳を過ぎている。やはり染め続けているだろうか、それとも年齢相応に白髪の良さを強調するようになっているだろうかと時々考えることがある。男性の場合、白髪隠しには黒く染めるのが普通のようだが、あまり年をとって濃い黒色に染めていると、髪と顔が何かアンバランスで顔が年寄り臭く見え、それに髪には艶がなくてかえって年が分かる。私は染めたことはなくそのままにしているが、もうほとんど白く、ロマンスグレーと呼ばれるような時代はとっくに過去のものとなった。