蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

水車小屋のネネ

2023年10月29日 | 本の感想

水車小屋のネネ(津村記久子 毎日新聞出版)

18歳の山下理佐は、ひとり親の母親が短大への入学金を使い込んでしまい進学を断念する。妹の律が母親の恋人に虐待されているのを知り、律を連れて地方のそば屋に就職する。そば屋は裏の水車小屋でそば粉をひいていたが、その小屋には挽き臼の監視役?のヨウムのネネがいた。ネネは人間の幼児並みによくしゃべった。理佐と律は、最初は冷蔵庫がなくて困るくらいだったが、やがて生活を軌道に乗せていく。理佐と律とネネの様子を1981年から2021年まで10年ごとの節目で描いた作品。

 

子どもの進学資金を使い込み、恋人が子どもをいじめていても、娘二人が出ていってしまっても知らんぷり、娘を探しに来たと思ったらそれは娘たちの相続遺産狙いだった・・・というトンデモな母親とその恋人が、序盤で登場する。

典型的な「かわいそうな子どもの話」としてスタートするのだが、そういうお涙頂戴の筋立てをひっぱらずに、からっとした、でも人情味とそこはかとないユーモアを漂わせる展開がとてもよかった。

そば屋の夫婦、律の担任の先生、律の同級生とその父親、誰もがちょっとそっけないようで、実は(なんの縁がないともいえる)理佐たちを見守り、そっと手助けしてくれる。

そしてクールに見える理佐も、理知的な律も、わかっていないようで、ちゃんと他人の善意を感じ取っている。ちょっと長目だが、読み終えるのが惜しくなった小説。

人でなしの母と和解しちゃうような安易な結末がないのもいいな。

 

ちょっと前に読んだ別の小説にもヨウムが登場して、その長寿である(飼育下なら40年くらい生きることもある)ことと、記憶力のよさに驚いたことがあった。ネネも、幼児というより下手すると小学生高学年並みの応答をするのだが、さすがにこれは創作なのだろう。しかし、ネネのような鳥がいるのなら、ともに暮らしてみたい、と誰もが考えそうだ。

 

そば屋の守さんと浪子さんが作るそばがとてもうまそう。やっぱり挽きたての粉だとうまいものだろうか?

 

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種痘伝来

2023年10月29日 | 本の感想

種痘伝来(アン・ジャネッタ 岩波書店)

1798年イギリス人ジェンナーによって開発された牛痘(牛の感染症の病原体を人に接種して天然痘の免疫を得る予防法)はナポレオン戦争のさなか、世界中に瞬く間に広がる。しかし鎖国中の日本には効力がある牛痘の病原体(かさぶたが用いられた)がなかなか輸入されなかった。しかし、1849年、オランダにより長崎にそれがもたらされ、佐賀藩主の鍋島直正が息子に接種させたのを皮切りに蘭方医のネットワークを通じて1年もたたないうちに日本全国に伝えれれた・・・という経過を描いた作品。

 

ヨーロッパの国々が主に支配者側の政策として種痘を拡大させたのに対し、日本では(幕府は当初公認せず)民間?のネットワークで伝搬された、というのが特徴だとする。

ヨーロッパでは学説が論文として発表され、学会や協会といった組織を通じて新技術が広まるネットワークがあった。

これに対して日本では、師弟関係(〜流みたいな学術グループ)、(成人後の)養子縁組、婚姻(見込みのある弟子を娘の婿にするとか)といった封建社会の身分制をすり抜けるような方法でネットワークが形成された、という見方が興味ふかい。

 

牛痘って、なかなか理解されず、すぐには広がらなかったというイメージがあったのだが、実際には驚くようなスピードで、しかも世界中(南米や東南アジアにも宗主国が持ち込んだ)に伝えられたようだ。

日本でも有効な病原体(今風にいうとワクチンの原料)が持ち込まれた後の伝搬スピードは驚異的だったようだ。人間関係に頼ったネットワークであっても、情報技術が発展した現代の伝達速度顔負けだ。それくらい天然痘が当時の人類にとっては脅威の病気だったとも言えるのか。

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