蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

サーカスの子

2023年10月08日 | 本の感想

サーカスの子(稲泉連 講談社)

著者は幼い頃、炊事係だった母といっしょにキグレサーカスで1年ほど暮らした経験があった。そのころを共に過ごした人たちを訪ねあるいて、サーカス全盛期の1970〜1980年代の思い出とサーカスをやめた後の芸人たちの人生を綴る。

その頃のサーカスは構成員全員がともにテントや仮設の施設に寝泊まりする共同生活を送っていた。そこでは衣食住は保証されており、給料は小遣い代わりだった。訓練や芸事の修行は厳しいものの、連帯や気遣いがあって暮らしやすい空間だったという。このためサーカス団員の子供としてサーカスで生まれ育った人が、サーカスの外の一般社会に出ると孤独や世間の思いの外の厳しさがこたえたという。

キグレの他の有力サーカスの木下は今でも活動しているが、大テントのまわりで共同生活という形態はとっておらず、皆通い(遠隔地の場合は単身赴任)なのだそうだ。

核家族化など社会の変化により、誰もが顔見知りでプライバシーがない村落共同体的な組織はなくなってしまったが、昭和の終わりになってもサーカスにはそれに似た性格があり、そこに馴染んだ人たちは、後年になっても懐かしさを感じるというのは理解できる。

村落共同体と違ったのは、サーカスは出入り自由で去る者は追わずだったところ。濃密な人間関係が息苦しくなった人はさっさと出ていくことができたというのは、とても素晴らしい長所だったはずだ。

本書を読み終わった日(2023年10月8日)の日経新聞の文化面の寄稿者は、稲泉さんで、本書の後日談を書いていた。本書に登場した主要人物が、著者の母が暮らす那須のグループホーム近くで小さなサーカスを開催した、という内容。偶然に驚いた。

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