蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

愚か者の石

2024年09月29日 | 本の感想
愚か者の石(河﨑秋子 小学館)

明治時代、本人としてはあまり身をいれて活動した覚えがないものの政治犯として北海道の監獄で10年以上懲役となった瀬戸内巽を描く。監獄内で瀬戸内と仲がよかった山本大二郎は、石英の小さな石を隠し持ちとても大事にしていた。山本は脱獄し、恩赦により仮放免となった瀬戸内は、山本の過去をさぐるが・・・という話。

瀬戸内と山本が主人公格なのだけれど、キャラクターとして二人以上に魅力的なのが獄卒の中田。獄卒としての務めを忠実に果たし、毎日制服の手入れをして狭い官舎にも満足しているストイックさがかっこいい。瀬戸内と山本を普通の社会的生活になじめない人物として描くことで、中田の生真面目さを際立たせているようにも思えた。

小説としては、出所後に山本の行動の真相をさぐるあたりが読みどころなのだと思うが、明治時代の刑務所の、過酷なようでそれなりに官としての規律も働いていた様子を描いた前半の方が興味深く読めた。
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夜明けを待つ

2024年09月25日 | 本の感想
夜明けを待つ(佐々涼子 集英社インターナショナル)

「エンド・オブ・ライフ」などで有名になったノンフィクション作家のエッセイ・ルポ集。

日経夕刊のコラム欄(プロムナード)に掲載されたものを中心とした前半がいい。新聞連載時に大半を読んでいたが、再読してもう一度そう思った。

母の読み聞かせの思い出を描いた「献身」、長年にわたって介護してきた妻をなくした父を描いた「口福への意志」、母方の祖父の葬儀を描いた「弔いの効用」、長年飼っているクサガメを描いた「冬眠」が特に気に入っている。

本書に限らず、著者の作品の多くに死が色濃くにじんでいる。本書のあとがきは特に衝撃的で、あらかじめ著者の死去を知っていなければ、読んで動揺してしまったと思う。
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審判はつらいよ

2024年09月23日 | 本の感想

審判はつらいよ(鵜飼克郎 小学館新書)

様々な競技の審判にインタビューして、審判の喜びや辛さを描く。サッカー、野球(プロ、アマ)、柔道、ボクシング、飛び込み、ゴルフ、大相撲を取り上げている。

サッカーの審判が体力的に最もキツそう。試合では選手より平均走行距離が長く、22人もの選手の行動をほぼ一人でジャッジしないといけない。少なくともプロの試合では人数増やした方がいいかも。

プロ野球審判は基本単年契約で誤審が多かったりすると1軍の試合に呼ばれなかったり、クビになってしまう厳しい世界とのこと。うーん、その割には誤審が多いことで有名な人が長くやっているような気もする・・・素人の印象なんでしょうね。リクエストで明らかになった誤審の統計は公式には公開されていないような気がするが、あれば見てみたい。

アマ野球の審判の人(内海清さん)の、9回ウラ2死満塁の場面だったら「絶体振ってくれ」と祈る、というのは、なんとも実感のこもった本音だと思えた。

どの競技も、競技経験者が審判になっているケースがほとんどのようで、特に国内における柔道では審判の現役時代の格が問われるそうである。

ボクシングの審判の最大の使命は、選手の命を守るために適切に試合をストップさせられることだという。本作で登場するビニー・マーチンさんは、早めにストップすることが多いという評判なのだが、セコンドから文句は言われるが、選手からは止めてくれたことに感謝されることが多いという。逆かと思ってたので意外だった。

大相撲。審判(行司)としての最高格:木村庄之助はなかなか就位できなくて、空位の時期もしばしばあるという。また行司は番付表を書く人でもあるので、字がうまくないと務まらない、というのも面白かった。
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グラスホッパー

2024年09月23日 | 本の感想
グラスホッパー(伊坂幸太郎 角川文庫)

20年ぶりくらいに再読した。
登場人物で最も魅力的なのは、やはり、会った人を自殺に追い込む殺し屋の鯨。「罪と罰」の文庫本を繰り返し読み、自殺させた被害者?の亡霊に悩まされる(悩んでいないようでもあるが)。本作のテーマは、誰もが死にたい気分になるけど、生きていることも、またいいもんだよ、みたいなことだろうか。

初めて刊行されたのは2004年だけど、ストーリーや登場人物の行動や志向が全く古びていない。携帯電話を初始めとするハイテク系の小道具を極力排除しているように見えるせいだろうか。
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ボタニストの殺人

2024年09月17日 | 本の感想
ボタニストの殺人(MWグレイヴン ハヤカワ文庫)

刑事ポーシリーズの第5弾。女性差別主義者として悪名高い評論家がテレビに出演中に死亡する。評判が最悪の下院議員が入浴中に死亡。いずれも毒殺とみられたが、いつ、どのように毒を盛られたのかが不明だった。
一方、刑事ポーが信頼する病理学者ドイルが実家(英国有数の資産家)に帰った際、父親が殺害され、ドイルが容疑者となってしまう。屋敷は雪に囲まれた密室状態だった。ポーはドイルの容疑を晴らそうとするが・・・という話。

ポーシリーズの作品の多くで共通する特長は、
①不可能犯罪が納得性高く解決される。
②複数の事件の意外なつながりが明らかにされる。
③犯人のキャラが濃くて、かつ、意外性が高い。
④ドンデン返しが強烈。
⑤ブラッドショーを始めとするチームのキャラが魅力的。
⑥自然に囲まれたポーの自宅の描写が素敵
といったところかと思う。
本作も、要素としては上記のいずれをも含んでいるのだが、私としては、従来に比べると、キレやコクが今ひとつだったかな、と感じた。

①タネ明かしが早くて、やや安易なトリックだった。密室の方が特に
②ボタニストによる2件の公開処刑?とドイルの事件の関連性が薄め。
③ボタニストのキャラの濃さはよかったが、犯人さがしのプロセスが淡白すぎ(なぜそんなに簡単に犯人がわかったのかの謎解きは最終盤にあるが)
④ドンデン返しはあったけど、ややインパクトに欠けた。
⑤ドイルとの関係だけが突出しすぎ。私としてはブラッドショーやフリンにも活躍してもらいたかった。
⑥ハードウイック・クロフト(自宅の所在地。山奥)やエドガー(飼い犬)の描写が少なめ。

文句ばっかり言ってすみません。でも次もすぐ出るみたいなので、きっと読むと想います。
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