落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(5)

2013-06-21 10:33:20 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(5)
「赤城の長い裾野と、フォルツァ(FORZA)というスクーター」




 朔太郎の橋を渡り、柳が続く左岸の遊歩道を5分ほど上流へ向かって歩くと
康平がいつも愛車を置いている、2輪ショップの裏手へ出ます。
「ウナギの寝床だよ」と悪口を叩きながら康平が先に立ち、人ひとりがようやく行ける
狭い路地道をジグザグに進むと突然、たくさんの2輪車が並ぶショップの表通りに出ます。
一番手前に康平の愛車、赤とシルバー色に輝くヤマハのシグナスXが置いてあります。


 「あら、これが康平のスクーター。
 とてもお洒落れで、可愛い雰囲気のスクーターですねぇ。
 それにしても・・・・台湾でよく見かけるスクーターの形にもそっくりです」


 「よお、康平。
 あれ、珍しいことがあるもんだ。
 康平が女連れで顔を見せるとなあ、・・・・こんにちは、お嬢さん。
 それにしても、そんな海外向けのこまかい情報を良く知っているねぇ。
 これはもともと、東南アジアと欧州用に開発をされたヤマハの戦略用のモデルだよ。
 高機種は売れないと言われている台湾でも、最近になってから良く売れているそうだ。
 ということは、もしかしたら君は、台湾の人かい?」



 ショップの奥からパイプをくわえて登場をした、青い作業着姿の店長が、
スタイルの良い貞園の様子を見て、思わずにんまりと目を細めています。


 「はい。美術系の留学生で、日本へやって来てようやく1年が経ちました。
 母の家系に、日系の人が何人も居ますので、小さいころから日本語を耳で覚えました。
 もっとも、台湾は1945年までは、日本の領地でしたから、
 私の周りでも日本語を話せるお年寄りたちは、まだまだたくさん残っています」



 「なるほどね。どうりで日本語が滑らかな訳だ。
 康平が乗っているこいつ、ヤマハの125CCのシグナスXは、
 最近になって国内でも人気が出てきたために、逆輸入がされているスクーターだ。
 座席の下の収納スペースが60リットル近くも有って、ヘルメットなら2個が収納できる。
 ちょっとした外出や用足しには便利だし、二人乗りでも充分なパワーが有る。
 でも、ちょっとした遠出やツーリングなら、やっぱりお薦めは、
 こっちのスーパーースクーターの、250CCタイプだね。
 丁度、整備を終えたばかりのこいつなら、快適そのものでの山道での走りも楽しめる。
 お嬢ちゃん、こいつで康平と赤城山へ、ツーリングに行っておいで。
 お天気は上々だし・・・・
 ほら。あんたには、この可愛いピンク色のヘルメットを貸してあげよう」



 店長がピンクのヘルメットを貞園へ手渡すと、
康平には『ほらよ』と言いながら、フォルツァ(FORZA)の鍵を投げ渡します。
フォルツァ(FORZA)は、オートバイメ―カーとして、世界に名をしられる本田技研工業が
ヤマハやスズキに対抗して、2000年の3月から製造販売をはじめた250ccのタイプで、
4ストロークのエンジンを搭載したビッグスクーターと呼ばれている2輪車です。

 「店長。話が一気に飛躍をしすぎです。
 夏野菜の買出しのついでに、その辺りを案内するとは言いましたが、
 赤城山までのツーリングへ連れて行くなどと言う約束は、まだしていません。
 たしかに、発売されたばかりのこいつの走りには興味がありますが、
 俺にも用事がたくさんあるし、貞園にも、そんな暇はないだろうと思います」



 「あら、康平。
 あたしなら全然平気よ。充分に暇を持ち合わせているもの。
 なんならいいわよ。今日はこのまま前橋に泊まっても」



 「ほら見ろ、康平。
 このお嬢さんもすっかりと、きわめてセクシーなスタイルを持つ
 このフォルツァ(FORZA)に、興味がクギつけのようだ。
 お前の腕なら、赤城山までの20キロの登り坂も30分も有れば攻略できる。
 天気はいいし、たまには後ろに美人を乗せてツーリングをするのも最高だぞ。
 俺がもっと若ければ、有無を言わずこの子を後ろに乗せて、
 もうとっくの昔に走りだしている頃だ」


 「私は、店長の運転でも全然かまいません。
 行ってみたいなぁ・・・その赤城山までのツーリングとやらに!」



 「おう。いいぞ。格別だ。今時期の赤城山の山道は最高だ。
 白樺林に囲まれた1200mの山頂にある湖、大沼は実に広大でとにかく綺麗だ。
 もうひとつの小沼という火口湖は、コバルトブレ―の神秘的な水をたたえる湖だ。
 それにな。格別の夏の味覚がこの時期にだけ、ここの街道に登場をする。
 それがこの時期にだけ採れる、高原物の焼きトウモロコシの売店だ。
 なにしろ採りたての高原ものは、甘くて柔らかいうえに、
 焼いたときの醤油の焦げた香りがなんともいえずに、香ばしい・・・・
 とにかく旨いぞ。遠慮しないで、康平に焼きトウモロコシを
 腹一杯になるまで買ってもらえ!あっはは」



 「わぁ~、ますますもって素敵。
 すぐそこに見えている赤城の山って、魅力が満載の山なのね。
 ねぇねぇ、行こうよ。康平。
 見たいし、食べたいし、乗ってみたいわよ、ビッグスク―タに!」


 そう言いつつ、すでに貞園はフォルツァ(FORZA)の後部席へすっぽりと収まっています。
スクーターの座席は一体式で、後部座席はお尻をホールドするためのゆるやかな曲線を持ち、
座った位置が一段階、運転席よりも高くなり、良好な前方視界が確保できるのが特徴です。




 「わぁ~。ちょっと腰を下ろしてみただけでも、居住性は抜群だわ。
 お尻がすっぽり包まれているみたいで、手を離しても倒れないような安定感が有る。
 125CCと違って、ホイルベースの長いこの手のタイプは、座り心地までまったく違うのね。
 ねぇねぇ康平。早く走ろうよ。
 私も、こいつ(フォルツァ)も、さっきからワクワクしながら
 あなたが乗るのを、今か今かと待っているのよ』


 「そうさ、最高だろう。こいつの後部座席の座り心地は」


 パイプをくわえた店長が、笑顔で貞園に語りかけています。
すでにヘルメットの紐をしっかりと締め切った貞園も、店長に向かって
『はい。とても素敵です!』と上機嫌で、同意の笑顔を返しています。





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