落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(11)

2013-06-27 09:37:37 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(11)
「とうもろこしの正しいむき方と、五六からのアドバイス」




 
 「トウモロコシってやつはなんといっても、採りたてが一番うまい。
 次の日になると鮮度が落ちてくので、味もやはり一段階落ちて不味くなる。
 と啖呵をきったところで、しょせん都会の人たちがトウモロコシを口にするのは
 俺たちが出荷をしてから、3日も4日も経ってからの代物だ。
 本当に上手い物は、現地でしか食えねェ。これが日本の流通の現実だ。
 第一素人衆は、トウモロコシの皮の剥き方がまったくなってねぇ。まったくの下手くそだ。
 みんなバナナのように上から剥いているが、これが大きな間違いなんだ」


 抱えてきたトウモロコシの塊を、脇に置かれたテーブルの上へドサリと置いた赤いTシャツが
『こうやるんだよ』と言いながら、傍らから包丁を取り出します。
トウモロコシの根元をがっしりと掴み、実とギリギリのところにから茎の部分を
スッパリと切り落としてしまいます。
『こうして下からむくのが正解さ』と、するりと下側から皮をはぎ取ってしまいます。
さらに濡れたふきんを手にすると、上から下へぐるりとトウモロコシを擦りあげていきます。
見ている間にひげの部分はもちろん、細かな毛までも綺麗にこすり取ってしまいます。


 「どうだ。
 簡単だろう、お姉ちゃん。プロはこうやって仕事をするんだ。
 これは、テキ屋露天商の見習いの頃に、その道の先輩達から教わったむき方だ。
 できるだけ鮮度のいいトウモロコシを、むいたらすぐにその場で焼き始める。
 もちろん、遠火の強火が一番いい。
 最大火力で、2~3分ぐらいで焼きムラがでないように、少しづつ回転させながら焼きあげる。
 火力やトウモロコシの大きさにもよるが、12分から15分ぐらいで焼き上がる。
 そして仕上げに、刷毛で、しょう油をたっぷりと塗る。
 ここが、この仕事の一番の肝心な部分だ。
 醤油はケチらずに、つけすぎるくらい、常にたっぷりと刷毛で漬けるんだ」



 「あら。そうすると大量に醤油を消費することになるわねぇ・・・・
 醤油代が馬鹿にならないでしょう?そんなにも、大胆に醤油を使ったら」


 
 「あはは。お姉ちゃん、良い質問だ。
 焼きトウモロコシというやつは、実は、焦げた醤油の香りを嗅がせて
 通りかかった客を、屋台に引き付けている商売なのさ。
 トウモロコシなんていうやつは、いくら焼いたところで大した代物じゃねぇ。
 香りが特にひきたつ訳でもないし、露店で売るにしては、インパクトが足らねぇ品物だ。
 そこで考え出されたのが、醤油を炭火で焦がして香ばしくするという方法だ。
 うなぎ屋が出窓から、焼いているうなぎのこうばしい香りを店先に流すのと、まったく同じ発想だ。
 ほら。醤油をつけずに焼き上がったトウモロコシがここにある。
 食ってみな。採りたてのトウモロコシなら、実は醤油なんてものは必要がないのさ。
 醤油はあくまでも、お客を寄せ集めるための店の演出だ。
 商売の裏側なんてものは、そんなもんだ。
 どうだ。ただ炭火で焼いただけでも、俺のトウモロコシは旨いだろう」


 「ほんと。目からウロコだわ!
 甘いし、柔らかくてみずみずしい上に、なんともいえずに美味しいわ」



 「当たり前だ。第一、ものも違うんだぜ、お姉ちゃん。
 今時にこのあたりで栽培をしているトウモロコシは、甘くて、生でも食える品種ばっかりだ。
 あ、おっといけねえゃ・・・・
 初めて会ったばかりのお姉ちゃんに、秘密のはずの商売の裏側を
 すっかり調子に乗って、全部教えちまった! やばいぜ、まったく。あっはっは」

 
 「わあぁ・・・・でも、とても美味しかった!。もう、お腹が満杯」



 立て続けにとうもろこしを平らげた貞園が、満足そうな歓声を上げています。
赤いTシャツが、焼きたてのトウモロコシを手早くビニール袋へたっぷりと詰め込むと、
それを素早く、怪訝そうな顔をしている貞園へ手渡します。



 「ほらよ。これは青い服を着ている店長への、お土産だ。
 座席の下の収納スペースへ放り込んでおいて、大切に持ち帰ってくれよ。
 頼んだぜ。可愛いお姉ちゃん」


 「ありがとう。
 顔は怖いけどあなたって、本当は気の良い紳士なのね。
 よかったわ。康平くんのお友達が、みんな心使いの優しい人たちばかりで」


 「すこぶる反応はいいし、なかなかに面白い事を言うおねえちゃんだ。
 俺の名前は、五六(ごろく)だ。
 6人兄弟で5番目の男の子という意味で、オヤジが適当につけちまった名前だ。
 冗談みたいな名前だが、それでも最近になってそれなりには、気に入っている」



 「うん。ユーモアたっぷりのお名前だわね。
 康平とあなたって、小さな頃からそんなにも仲が良かったの?」


 「ガキの頃から近所で育った。まぁ、なんとなく二人ひと組で育ったようなものだ。
 俺が少しばかりグレて、テキ屋稼業の世界に足を踏み入れた時に、山ほどいる同級生の中で、
 嫌な顔ひとつしないでいままで通り、付き合ってくれたのは康平ただひとりだけだった。
 かれこれ30年。俺たちは兄弟のようにして生きてきた。
 ところで当のお前さんたちは、いったい、いつから付き合っているんだ」



 「あら。たったさっき、私たちは行き会ったばかりです。
 康平が迷子になった私を広瀬川まで案内をしてくれて、そこで美味しい夏野菜の話が出たの。
 スクータで近郊の農家へ買い出しに出かけるというから、面白そうだから着いて来たら、
 いつの間には、話がトントン拍子に進んで、こんな山の中腹で、思いがけずに、
 焼きとうもろこしを食べる羽目になっちゃったの。」


 「なんだって。そうすると、あの康平が、お前さんをナンパをしたのか・・・・信じられん。
 お姉ちゃん、ちょっとこっちへ来てくれ。すこし内密の話がある」
 
 「内密のはなし?」



 五六が何食わぬ顔をして、屋台の裏側を指さします。
ヘルメットを装着しはじめている康平の様子を垣間見た貞園が、五六に呼ばれた通りに
屋台の裏側へと回りこんでいきます。
裏側で待機していた五六は、ポケットをさぐりタバコの箱を取り出すと
一本目に火をつけ、その煙を思い切り胸の底まで「落ち着け」とばかりに吸い込んでいます。



 「康平は、女に関する限りまるっきり奥手というか・・・・
 長年にわたって、実は、アレルギーみたいなものを持ち続けている。
 高校時代に好きになった女学生がいたんだが、自分の心を素直に打ち明けることができず、
 ひたすら悶々として過ごしていた、暗い時期があった。
 卒業後にその女学生は、県外に就職をしてそのまま行き先が不明になったようだが、
 それでもあいつは、その女学生のことが忘れられずに、いまだに未練を持ちつづけたままでいる。
 そんな康平が、そのへんでおねえちゃんに声をかけるどころか、
 ましてや、二輪の後ろへ女を載せるなどということは、まったくもってありえない話だ。、
 俺も、女を連れているという康平の姿を、実は、生まれて初めて見て、
 今でもしんじられなくて、びっくりしたままでいる状態だ。
 あんたらは、もしかしたら俗に言う、運命の出会いというやつかもしれねえなぁ・・・・
 大事にしてやってくれ。いい男だぞ、康平は。
 悪いなぁ、引き止めちまって。話というのはそれだけだ」



 「康平くんには、いまだに意中の人がいるけれど、
 私の魅力なら、それが乗り越えられるという意味なのかしら?
 あら、責任重大だわねぇ。よし、この貞園が、無駄に頑張っちゃおうかしら、うふっ」




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