落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(10)

2013-06-26 11:24:04 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(10)
「焼トウモロコシと、同級生、五六(ごろく)の登場」




 貞園が後部座席を降りる前から、広い駐車場のいったいには
醤油がじぶじぶと焦げる、独特の何とも言えない香ばしい香りなどが漂よっています。
青いビニールテントに覆われた屋台では、バーベキューで使うような大きな金網がデンと置かれ、
その上には、たった今、畑で収穫されてきたばかりのトウモロコシが、手早く皮を剥かれると、
そのまま無造作にコロコロと、強火の上へ転がされていきます。


 「あら。茹でないで、そのまま採りたてを金網の上で焼き始めてしまうのね。
 群馬の焼きトウモロコシは、見るからにダイナミックです!」



 「あったりまえだ。お姉ちゃん!
 いまそこの畑で採って来たばかりのトウモロコシだ。
 みずみずしいうちに、こうして炭を使って遠火の強火ってやつで一気に焼きあげるんだ。
 すこし荒っぽいやり方だが、こうして焼きあげるのが、実は一番うまいのさ。
 おっ、なんだよ、誰かと思えば、康平じゃねぇか。
 なんだよ。女を連れているのなら、最初にそう俺に挨拶しろよ。
 いい女だから、ひっかけようと思ってつい熱弁なんかをふるっちまったぜ。おいら」


 「なんなの、その・・・・遠火の強火っていうのは」



 「強い火力のまま、遠い距離で焼き上げると言う方法さ。
 炭の持っている遠赤外線の効果というやつで、内部からじっくりと焼き上げるんだ。
 素材の味を損ねずに、ふっくらと甘く仕上げることが出来ると言われている。
 こいつは俺の同級生で、もともとはテキ屋稼業の出身だから、
 焼き加減にも、長年の筋金がはいっている」


 ねじり鉢巻きに、真っ赤なTシャツと言ういでたちでトウモロコシを焼いている男へ
康平が『ようっ、久し振り』と片手を上げた後、貞園の耳元でさらに、
こっそりと、ささやきます。



 「気をつけろ、貞園。
 こいつ、こう見えても愛妻と可愛い美人の双子の父親をやっているが、
 実は、生まれつき、女にはすこぶるつきで、手が早い。
 特に君の様に、スレンダーで、かつ胸の大きい女性にはきわめて執着するという傾向がある。
 口車に乗るな。後で泣かされることに、きっとなる」


 「ご挨拶だな。康平。
 久し振りに行き会ったと思ったら、いきなり嬉しくないご忠告かよ。
 早いものでうちの可愛い双子の娘たちも、まる2歳になったんだぜ。
 いつまでも、悪戯や悪さばかりが出来るかよ。
 すっかりと改心して、今じゃ峠の焼きトウモロコシ屋の名物オヤジだ。
 それにしても、お前、腕を上げたなぁ。
 今時に、ずいぶんと良い音をさせながら、坂道を駆けあがってくるライダーが居ると思って
 期待をしながら待っていたら、なんと俺の目の前に現れたのは
 女を乗せた二人乗りの康平のスーパースク―ターとは、まったくもって恐れいった。
 しかし、相変らず、腕は良いようだ。
 遠くから聞いていても、エンジンのふける音が全く違う。
 いまでも赤城山での最速の腕は、まったく衰えていないようだな。康平よ」



 「えっ・・・・やっぱり。
 そんなひどい暴走族だったの。昔からこの人は」



 「俺も、この辺では自信のある走り屋のひとりだったが、こいつにはまったく歯がたたなかった。
 一緒にスタートをしたって、カーブを5つも抜けるころには
 もうこいつの姿は、はるか彼方に消えちまっている
 腕そのものが違いすぎるし、スピードの次元てやつも、はるかにケタが違っていた。
 おおかたあのスパースクーターも、青い服を着た例の店長が、また面白半分に、
 性能を大幅に改造した、違反スレスレの高速車だろう。
 でなきゃ、あの長いストレートからここまでの、3キロのカーブを抜けて
 とんでもない最速のタイムで、ここまで登って来られる訳がない。
 お前、いままででの、最速のタイムだぜ」



 「最速のタイム? わざわざ測っているのか。お前」



 「土日なら観光客で商売にもなるが、
 今時期の平日なんてのは商売もまったくの暇そのものだ。
 たまには、お前みたいな物好きな暴走族が、あの長い直線を全速力でぶっ飛ばしながら、
 カーブ区間を抜けて、ここまでを全開で登ってくる。
 興味半分に計測をし始めたら、いつのまにかそいつが病みつきになっちまった。
 だが、どいつもこいつも似たかよったかの、下手くそな連中ばかりだ。
 バイクの性能はすこぶるいいが、腕がダメでは、どうやったってタイムなんか出るもんか。
 ところがだ。今日に限って久々に良い音を響かせて登ってくる奴が来たと、
 久々に、俺は直感的に感じた。
 第1カーブからの立ちあがりのエンジンの音も、加速に入るタイミングも
 ドンピシャリで、最高そのものだった。
 こいつは、期待ができそうだと思わずその気でタイムを計り始めたら、
 涼しい顔をして此処に現れたのは、女を乗せた康平のスーパースク―ターときやがった。
 俺も目を疑ったが、タイムはまさに、今までの最速だ。
 驚ろいたし、びっくりしたのは、こっちのほうだ」



 「あら。エンジンの音を聞いているだけで、
 オートバイがどのあたりを走っているのか、あなたにはちゃんと見当がつくの?」



 「当たり前だ。お姉ちゃん。
 ここは、ガキの頃から走り慣れた俺のホームグランドだ。
 あの直線を何分で走りきって、どのくらいの速度で第1カーブへ突入していくかで
 運転をしている人間の力量を、簡単に判断することができる。
 ヘアピンに近い形をしている第1カーブを、最小限のブレーキ操作で乗りきっておいて、
 あとのカーブを、いかに速度を落とさずに走り続けるかで、タイムは決まる
 現場を見なくたって、エンジンの音をきいていれば、俺にはそれがはっきりとわかる。
 下手くそな奴にかぎって、カーブの手前で恐怖に負けて目一杯のブレーキを踏む。
 それを取り戻そうとして、今度はカーブの立ちあがりで思いっきりアクセルを開けまくる。
 聞いていても、運転手がジタバタと大苦戦しながら、嫌がるオートバイをいじめ、
 四苦八苦しながら操っているのが、手にとるように良く分かる。
 速い奴は、きわめて滑らかなままに、流れるようにすべてにおいてオートバイを操作する。
 最小限度の減速をしながら、カーブの出口からもう次のカーブをクリアするために、
 いち早く最適なラインに車体を乗せて、なめらかに加速をしながら走り抜けていく・・・・
 どうだった、お姉ちゃん。
 あれほど高速で、赤城山の坂道をすっ飛んできたというのに、
 最後まで康平の背中で、安心しながら、ツーリングというやつを楽しめただろう?
 上手い奴の運転と言うのは、常にそういうものだ」



 へぇ~と感心しきりで聞いている貞園を尻目に、赤いTシャツがひょいと、
動き始めると、あっというまに屋台の裏側へ消えて行きます。
何が有るのだろうと貞園が覗き込んでいると、赤いTシャツが抱えきれないほどの
採りたてのトウモロコシを持って、再び戻ってきました。





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