からっ風と、繭の郷の子守唄(13)
「貴婦人のような白樺林と、火口湖・赤城大沼の神秘な湖畔」
前橋の市街地から走り始めて、ここまで22キロ。
標高1400m付近にまで到達をした赤城山の南面からの道路は、その最高到達点を越えてから、
初めて外輪山に囲まれた火口湖の大沼へ向かって、ゆるやかな下りの道を見せます。
外輪山の内側へと下っていくゆるやかな坂は、何度かにわたり山の背で蛇行をくりかえした後、
一転をして、木々のあいだに見える広大な湖へ向かってひたすら斜面を駆け下ります。
あれほどのエキサイトぶりを見せ、登りの道を一気に駆け上ってきた攻撃的な走行からは
うって変わり、アクセルをすっかりと緩めてしまった康平は、あくまでも下り傾斜の勢いだけに
車体を任せ、のんびりと鼻歌まじりでスーパースクータのハンドルなどを操っています。
道路最高点への到達から、ものの数分と下らないうちに湖面へ向かう坂道はいつのまにか
一面にわたって視界を覆う広大な、白樺林の中へと吸い込まれてしまいます。
「あら、まぁ・・・・へぇぇ、気がついたら一面の白樺林です。
白樺は、高原の貴婦人なんて呼ばれているけれど、これほど広大に生え揃っていると、
気品ばかりが多すぎて、なんだか異様な空間にさえ見えてくるから不思議です」
「赤城の中で、白樺が群生しているのは、実はこの一帯だけだ。
どこを見回しても、こうして白樺の木しか生えていないので、誰かが意図的に
この辺りを整備したものだろうが、詳しいことは、もう誰に聞いてもわからない。
あの険しい22キロの上り道を、汗をかきながら必死で走ってきたご褒美に、
下りの玄関口でこうして白樺の群落たちが、お出迎えをしてくれるんだ。
俺もなぜか、ここまでやって来るとほっとする・・・・」
「うん。私も肩の力が抜けて、やっぱりホッとはしたけれど、
もう、康平くんの背中へもたれかかることが出来ないと思うと、ちょっと心残りもあるわ。
あんたの背中って、けっこう居心地が良かったもの」
「この先のカーブを、二つも抜けると道は湖の周回道路と合流をする。
大沼は、ぐるりと湖畔を一周をすると、約5キロほどになる火口湖だ。
1350mの高地にあるから、冬場は全面的に結氷をする。
20~30センチの氷が張るから、かつては天然のスケートリンクとしても賑わったことがある。
春になると、5月の末からレンゲツツジをはじめ、10数種類のツツジたちが一斉に咲き誇る。
真夏に近くなる今頃は、ボート遊びか、釣りかキャンプなどが主な遊び方になる。
群馬県下の学童たちのためのキャンプ場なども、ここ最近になってから
だいぶ整備されてきた。
夏休みに入ると学童と父兄たちで湖畔は毎日、大騒ぎ状態になる」
「あら、という事は今の時期では、お花などは楽しめないか・・・・
あらまぁ、ちょっぴり残念」
「そうでもないぜ。がっかりするのはまだ早い。
大沼のとなりに、高地湿原の覚満淵(かくまんぶち)という湿原がある。
いまの時期なら、高山植物やニッコウキスゲの黄色い花が、たぶん、見られるだろう。
貞園は、高原にある「尾瀬湿原」のことは知ってるかい?」
「夏が来れば思い出す・・・という、あの尾瀬湿原のことでしょう。
知っているわよ、名前くらいなら。残念ながら、まだ現地に行ったことはありませんが」
「覚満淵は、ミニ尾瀬と呼ばれている高地の湿原だ。
散策用の木道なども整備されているから、あとでそこへ行って一休みしょう」
湖畔を一周してきた周遊道路と合流をした県道4号線は、小高い部分から湖面を見下ろしつつ、
観光施設と宿泊施設の密集地が見える、湖の東岸へ向かって大きく回り込んでいきます。
道路の右手に無料の大きな駐車場が見えてくると、その左側で鬱蒼(うっそう)と茂る
木々のあいだに、湖畔へ降りていくための最初の小道が現れてきます。
大沼の湖畔では、ミズナラや白樺などの大きな木の群落に混じり、
ヤマツツジの一種で、「アカヤシオ」と呼ばれるツツジの群生地を、いたるところで見ることができます。
別名をアカギツツジ(赤城躑躅)と呼ばれ、5月の末頃から湖畔の水辺を中心に
全山にわたって、可憐で大ぶりなピンク色の花を咲かせます。
アケボノツツジ(曙躑躅)の変種のひとつで、学名から推測すると栃木県の日光がみなもととされ、
別名からは、群馬県赤城山に帰省した後に、独自の進化を遂げたともいわれています。
本来は、本州の福島県から兵庫県に至るまでの広い範囲に分布をしている植物です。
すでに花を落としてしまったアカヤシオは、上品な手触りと深い光沢を見せる
緑色の葉を、その枝いっぱいに広げて輝いています。
その葉は、まるで高山に息づく上質なベルベットのように、風にそよぎながら、
さんさんとした初夏の日差しを、こころいくまでたっぷりと浴び続けています。
来年の開花の準備のためにアカヤシオはもう、その養分を蓄えるための時期に入っているのです。
赤城山の大沼は、真夏になっても気温は25度を超えません。
下界がどれほどの灼熱地獄になろうが、ここでは常に涼風が吹き、カラリとした気温のまま、
たくさんの落葉の植物たちを育てています。
同時に、植物に集まる多種で多様な鳥類と蝶たちを育み、さらには湖畔のすべてを埋め尽くす
大量の熊笹(くまささ)などをはぐくみ育ててます。
「貞園。ヘルメットのシールドを開けてごらんよ。
ここは常に、下界からは10℃近くも気温が違う、まったくの別世界だぜ」
湖畔へ降りてくるために砂利道を、ゆるやかに乗りきった康平のスパースクーターは
そのままの緩い速度を保ったまま、波がひたひたと打ち寄せてくる岸辺ぎりぎりまで到達をします。
くるりと向きを変えたあと、湖面を真正面に見つめる位置でようやくピタリと停止をします。
爽やかに風が走り抜けていく湖面の向こう側には、赤城の外輪山が、高く低く峰を横たえています。
対岸にかすかに遠く見えているのは、赤城山を御神体として長年にわたり信仰を集めている
真っ赤な鳥居と朱色の橋に守られた、赤城神社の社殿です。
「あら本当。
壮観な山々の様子と、なにやら神秘な雰囲気が入り混じっているような
ちょっと不思議な感じを覚える、そんな景色ですね。ここは・・・・
ねぇ。目の前の水面の上に、古い鳥居が立っているじゃないの。
まさか、ここから水面の上を歩いて、対岸にあるあの赤い神社まで、
みんなで参拝に行くわけではないでしょうね」
「まさかぁ。近くに見えるが、対岸の新しい社殿までは1キロ以上もある。
ここの大沼には、たくさんの神話や伝説が残ってはいるけれど、
さすがに、水の上を歩いて渡ったという逸話は残っていない。
日本という国は、仏教の国のように思われているが、実は神と神話に彩られた国なんだ。
そのため、いたるところに古い歴史を持つ神社や神の領域がたくさんある。
ここもそうした土地のひとつだ。
もともとは山岳信仰の聖地として赤城の山そのものが、御神体とされていた」
「台湾にも、日本の神社がたくさん作られたという時代があったのよ。
日本の統治時代にたくさん作られたというもので、200あまりもの神社が、
台湾の全土にわたって、建てられたという記録が残っているの。
今でも原型をとどめているのは、数箇所にすぎないけれど、
そのひとつで、桃園県にある桃園神社は、今でも荘厳のままだし、とても美しい建物だわ。
私は、神社という特別なあの空間に漂う、あの独特の神秘的な静けさと美しさが
大好きなんだ」
「へぇ、・・・・台湾生まれなのに君は、日本の文化にも詳しいようだねぇ」
「だからこそ、わざわざ日本を選んで、留学にやってきたのよ。
それにしても、ここには異次元の空間のような、神秘的で秘密めいた雰囲気が
なんとなくだけど、漂っているわねぇ。
波に洗われている石灯籠の怪しい雰囲気といい、湖の中に消えていく石畳の様子といい、
なんだか人を引き込むような、怪しい魔力さえ感じるわ」
「よくわかるねぇ・・・・
ここには、実は、つい最近の現代の神隠しの実話が残っているんだよ」
「神隠し?。そんな古めかしい非科学的な話が、今の時代にも残っているの!」
「そうさ。神さまが棲んでいるここには、
現代の科学ではどうやっても解明することができない、神かくしというそんな不思議な話が
つい最近、事実として発生したばかりなのさ」
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
「貴婦人のような白樺林と、火口湖・赤城大沼の神秘な湖畔」
前橋の市街地から走り始めて、ここまで22キロ。
標高1400m付近にまで到達をした赤城山の南面からの道路は、その最高到達点を越えてから、
初めて外輪山に囲まれた火口湖の大沼へ向かって、ゆるやかな下りの道を見せます。
外輪山の内側へと下っていくゆるやかな坂は、何度かにわたり山の背で蛇行をくりかえした後、
一転をして、木々のあいだに見える広大な湖へ向かってひたすら斜面を駆け下ります。
あれほどのエキサイトぶりを見せ、登りの道を一気に駆け上ってきた攻撃的な走行からは
うって変わり、アクセルをすっかりと緩めてしまった康平は、あくまでも下り傾斜の勢いだけに
車体を任せ、のんびりと鼻歌まじりでスーパースクータのハンドルなどを操っています。
道路最高点への到達から、ものの数分と下らないうちに湖面へ向かう坂道はいつのまにか
一面にわたって視界を覆う広大な、白樺林の中へと吸い込まれてしまいます。
「あら、まぁ・・・・へぇぇ、気がついたら一面の白樺林です。
白樺は、高原の貴婦人なんて呼ばれているけれど、これほど広大に生え揃っていると、
気品ばかりが多すぎて、なんだか異様な空間にさえ見えてくるから不思議です」
「赤城の中で、白樺が群生しているのは、実はこの一帯だけだ。
どこを見回しても、こうして白樺の木しか生えていないので、誰かが意図的に
この辺りを整備したものだろうが、詳しいことは、もう誰に聞いてもわからない。
あの険しい22キロの上り道を、汗をかきながら必死で走ってきたご褒美に、
下りの玄関口でこうして白樺の群落たちが、お出迎えをしてくれるんだ。
俺もなぜか、ここまでやって来るとほっとする・・・・」
「うん。私も肩の力が抜けて、やっぱりホッとはしたけれど、
もう、康平くんの背中へもたれかかることが出来ないと思うと、ちょっと心残りもあるわ。
あんたの背中って、けっこう居心地が良かったもの」
「この先のカーブを、二つも抜けると道は湖の周回道路と合流をする。
大沼は、ぐるりと湖畔を一周をすると、約5キロほどになる火口湖だ。
1350mの高地にあるから、冬場は全面的に結氷をする。
20~30センチの氷が張るから、かつては天然のスケートリンクとしても賑わったことがある。
春になると、5月の末からレンゲツツジをはじめ、10数種類のツツジたちが一斉に咲き誇る。
真夏に近くなる今頃は、ボート遊びか、釣りかキャンプなどが主な遊び方になる。
群馬県下の学童たちのためのキャンプ場なども、ここ最近になってから
だいぶ整備されてきた。
夏休みに入ると学童と父兄たちで湖畔は毎日、大騒ぎ状態になる」
「あら、という事は今の時期では、お花などは楽しめないか・・・・
あらまぁ、ちょっぴり残念」
「そうでもないぜ。がっかりするのはまだ早い。
大沼のとなりに、高地湿原の覚満淵(かくまんぶち)という湿原がある。
いまの時期なら、高山植物やニッコウキスゲの黄色い花が、たぶん、見られるだろう。
貞園は、高原にある「尾瀬湿原」のことは知ってるかい?」
「夏が来れば思い出す・・・という、あの尾瀬湿原のことでしょう。
知っているわよ、名前くらいなら。残念ながら、まだ現地に行ったことはありませんが」
「覚満淵は、ミニ尾瀬と呼ばれている高地の湿原だ。
散策用の木道なども整備されているから、あとでそこへ行って一休みしょう」
湖畔を一周してきた周遊道路と合流をした県道4号線は、小高い部分から湖面を見下ろしつつ、
観光施設と宿泊施設の密集地が見える、湖の東岸へ向かって大きく回り込んでいきます。
道路の右手に無料の大きな駐車場が見えてくると、その左側で鬱蒼(うっそう)と茂る
木々のあいだに、湖畔へ降りていくための最初の小道が現れてきます。
大沼の湖畔では、ミズナラや白樺などの大きな木の群落に混じり、
ヤマツツジの一種で、「アカヤシオ」と呼ばれるツツジの群生地を、いたるところで見ることができます。
別名をアカギツツジ(赤城躑躅)と呼ばれ、5月の末頃から湖畔の水辺を中心に
全山にわたって、可憐で大ぶりなピンク色の花を咲かせます。
アケボノツツジ(曙躑躅)の変種のひとつで、学名から推測すると栃木県の日光がみなもととされ、
別名からは、群馬県赤城山に帰省した後に、独自の進化を遂げたともいわれています。
本来は、本州の福島県から兵庫県に至るまでの広い範囲に分布をしている植物です。
すでに花を落としてしまったアカヤシオは、上品な手触りと深い光沢を見せる
緑色の葉を、その枝いっぱいに広げて輝いています。
その葉は、まるで高山に息づく上質なベルベットのように、風にそよぎながら、
さんさんとした初夏の日差しを、こころいくまでたっぷりと浴び続けています。
来年の開花の準備のためにアカヤシオはもう、その養分を蓄えるための時期に入っているのです。
赤城山の大沼は、真夏になっても気温は25度を超えません。
下界がどれほどの灼熱地獄になろうが、ここでは常に涼風が吹き、カラリとした気温のまま、
たくさんの落葉の植物たちを育てています。
同時に、植物に集まる多種で多様な鳥類と蝶たちを育み、さらには湖畔のすべてを埋め尽くす
大量の熊笹(くまささ)などをはぐくみ育ててます。
「貞園。ヘルメットのシールドを開けてごらんよ。
ここは常に、下界からは10℃近くも気温が違う、まったくの別世界だぜ」
湖畔へ降りてくるために砂利道を、ゆるやかに乗りきった康平のスパースクーターは
そのままの緩い速度を保ったまま、波がひたひたと打ち寄せてくる岸辺ぎりぎりまで到達をします。
くるりと向きを変えたあと、湖面を真正面に見つめる位置でようやくピタリと停止をします。
爽やかに風が走り抜けていく湖面の向こう側には、赤城の外輪山が、高く低く峰を横たえています。
対岸にかすかに遠く見えているのは、赤城山を御神体として長年にわたり信仰を集めている
真っ赤な鳥居と朱色の橋に守られた、赤城神社の社殿です。
「あら本当。
壮観な山々の様子と、なにやら神秘な雰囲気が入り混じっているような
ちょっと不思議な感じを覚える、そんな景色ですね。ここは・・・・
ねぇ。目の前の水面の上に、古い鳥居が立っているじゃないの。
まさか、ここから水面の上を歩いて、対岸にあるあの赤い神社まで、
みんなで参拝に行くわけではないでしょうね」
「まさかぁ。近くに見えるが、対岸の新しい社殿までは1キロ以上もある。
ここの大沼には、たくさんの神話や伝説が残ってはいるけれど、
さすがに、水の上を歩いて渡ったという逸話は残っていない。
日本という国は、仏教の国のように思われているが、実は神と神話に彩られた国なんだ。
そのため、いたるところに古い歴史を持つ神社や神の領域がたくさんある。
ここもそうした土地のひとつだ。
もともとは山岳信仰の聖地として赤城の山そのものが、御神体とされていた」
「台湾にも、日本の神社がたくさん作られたという時代があったのよ。
日本の統治時代にたくさん作られたというもので、200あまりもの神社が、
台湾の全土にわたって、建てられたという記録が残っているの。
今でも原型をとどめているのは、数箇所にすぎないけれど、
そのひとつで、桃園県にある桃園神社は、今でも荘厳のままだし、とても美しい建物だわ。
私は、神社という特別なあの空間に漂う、あの独特の神秘的な静けさと美しさが
大好きなんだ」
「へぇ、・・・・台湾生まれなのに君は、日本の文化にも詳しいようだねぇ」
「だからこそ、わざわざ日本を選んで、留学にやってきたのよ。
それにしても、ここには異次元の空間のような、神秘的で秘密めいた雰囲気が
なんとなくだけど、漂っているわねぇ。
波に洗われている石灯籠の怪しい雰囲気といい、湖の中に消えていく石畳の様子といい、
なんだか人を引き込むような、怪しい魔力さえ感じるわ」
「よくわかるねぇ・・・・
ここには、実は、つい最近の現代の神隠しの実話が残っているんだよ」
「神隠し?。そんな古めかしい非科学的な話が、今の時代にも残っているの!」
「そうさ。神さまが棲んでいるここには、
現代の科学ではどうやっても解明することができない、神かくしというそんな不思議な話が
つい最近、事実として発生したばかりなのさ」
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/