落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(12)

2013-06-28 11:03:33 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(12)
「トナカイカーブと、ツーリングにおけるランデブー態勢の重要性」 





 「おっ。やっぱり理解も早いし、きわめて感度が良いねぇ、お姉ちゃんは。
 まぁ、そういうことだ。
 まだ22歳になったばかりだというのに、何が楽しいのかあの野郎、
 ジジィやババァといった年配の客しかやって来ない路地裏で、
 道楽のように、古ぼけた居酒屋なんかを営業している。
 じじぃやババァの相手をする前に、若いんだもの、もう少し青春を謳歌しろってんだ。
 若いうちにこそ、たっぷりと刺激のある生活ってやつを楽しまなきゃ嘘だろう。
 そういうわけなんだ。
 お前さんは、実にナイスボディでピチピチだし、誰が見たって女の魅力が満載だ。
 若年寄りみたいに、女に興味をしめさない、頑固者の康平の目を覚ましてやってくれ」


 「ふぅ~ん・・・・」


 「あっ。ついでにもうひとつだけ、お前さんへアドバイスがある。
 バイクっていうやつは、ハンドルでカーブを曲がる訳じゃなく、体の傾きで曲げるものなんだ。
 カーブにさしかかる度に遠心力というやつが働いて、外側へ放り出そうという重力が働く。
 そいつに逆らってカーブを旋回をしていくためには、瞬間的に内側へむかって思い切り
 体を倒しこんでいく必要がある。
 右へ曲がって行くカーブなら、右側へ向かって体を倒す。
 左へ曲がって行くカーブなら、左に向かって体を倒しこんでいく。
 体と重心の傾きだけで、バイクというやつは、右に曲がったり左へ曲がっていく。
 二輪とはそういうことができる乗り物だ。
 嘘じゃねぇ。
 試しに、この先のカーブでそれを実行してみな。
 右のカーブへさしかかったところで、康平が右へ体を倒したら、お前さんも
 同じようにして体を右へ傾ける。
 そうすると、バイクの傾きとと二人分の重心が一致をして、
 よりスムーズに、カーブを抜けていくことが、簡単にできるようになる。
 より快適なツーリングというやつを、二人で共有しながら楽しめるというもんだ」



 「初めて会った私にそこまで親切にするのには、なにか別の下心でもあるのかしら?」


 「おっ、ねえちゃん、やっぱり察しがいいねぇ。うん。それも図星だ。
 お前さんは器量はいいし、頭も良さそうだが、感のほうも実に鋭い。
 打てば響くという反応ぶりが小気味良いし、ますます好感が持てる。
 ここだけのはなしだぜ。康平には内緒だ。
 万が一、いくら色気で迫っても康平が反応を示さないようなら、脈がないと思って諦めろ。
 いまだに高校時代の女に未練を残しているという証拠だから、すっぱりと
 康平のことは諦めて、すぐさま俺に連絡をしろ。
 悪いようには絶対にしないぜ。お前さんは、俺のタイプだ。あっはっは」



 「あらら・・・・ご忠告ありがとう。よく考えておきます。
 じゃ、ごちそうさま。
 美しい奥様と、可愛い双子の娘さんたちにも、よろしく。
 また是非、遊びに来たいと思います。あなたもとってもチャーミングだもの!」


 笑顔の貞園が、スクーターの後部座席へ走ります。
すでにエンジンをかけて待機をしていた康平が、五六に一度手を振ってから
ゆるやかにアクセルを開けて、駐車場から滑りだします。



 「ここから先が、最高到達点へ一気に登っていくための難所になるの?」

 康平の腰へ、すっかりと慣れた仕草で両腕を回しながら、
貞園がインカムを通して、ことさら甘えた声でゆっくりとささやきかけます。



 「この先へもう少し登っていくと、
 トナカイと呼ばれているヘアピンの連続したカーブ群がやってくる。
 そこが、赤城山の登りの、最大といえる正念場だ。
 そこへたどり着くまでのカーブの区間は、一番テクニックを必要とする場所で、
 中速から高速までのスピードを自在に調節しながら、緩い斜面をひたすら登っていく事になる。
 本来なら、ここらあたりから障害物がなくなってきて、あたり一面に見えてくる風景は
 四季を通じていつでも最高なんだが、運転手は次から次へと迫り来るカーブに対応するために、
 忙しすぎて、とてもそれどころじゃない。
 バイク族もそうだが、4輪車に乗るドリフト族たちにとっては、ここは、
 ドライビングテクニックの、絶好の見せ場になる」



 「ふぅ~ん。この先が、ドリフト走行の聖地なの。
 ということは、康平くんも後ろのタイヤを滑らせながら、ここから先の坂道を
 勇猛果敢に攻めていくつもりなの?」


 「そうして行きたい気持ちはあるが、でもこれ以上、
 君の大切なワインを、こぼすわけにもいかないだろう。
 このあたりからは、周囲が開けてきてすこぶる展望が良くなってくる。
 カーブを曲がるたびに、新しい景色が次々と目に飛び込んでくるはずだ。
 難所はまた同時に、すこぶる景観にも恵まれているという、天上を行く
 ハイウェイそのものなんだぜ」



 徐行のまま駐車場を横切った康平のスクーターは、左右を確認したあと、
軽くアクセルが開けられます。
かすかに車体を揺らしたスーパースクーターが、スルリと登はんのための車線へ滑り込みます。
最初のつづら折れに沿って左へ回り込み、再びなだらかな上りを見せる坂道がはじまると
その前方には、巨大な薄茶色の岩の壁が、木々のあいだから確認できるようになります。


 岩壁の麓に横たわるのが、上空から見るとトナカイの形をした
47番から67番まで続くカーブの区間、「トナカイ・ヘアピンカーブ」と呼ばれるカーブ群です。
ここが、赤城の山頂を目指す道路での、最大の難所です。
ここをクリアしさえすれば、道路はまた従来の直線がつづく登り傾斜を取り戻します。
山肌を斜めに登りきれば、やがて最後のカーブへさしかかります。
すでに標高が、1300mを超えているこの最終のカーブからは、晴れてさえいれば
群馬県下はもとより、はるかに埼玉や東京へいたる市街地を眺望することができます。
関東平野の最北端に位置している赤城山からの展望は下界に、遮るものを一切もちません。



 最後のカーブをぬけた道路は、最高点をめざす長い登りの道に変わります。
市街地からは20.8キロ。標高1436m地点にあるのが、新坂平と県営の白樺牧場です。
最高点にあたる峠の脇の広場には、赤城山総合観光案内所も建っていて、
赤城山の周辺や山頂付近の観光情報を詳しく案内をしているほか、
施設内には、「白樺の森文学コーナー」があり、志賀直哉や高村光太郎をはじめ、
赤城山ゆかりの文人たちに関する資料などが展示されています。
案内所そのものも、白樺牧場や周囲の山々を見渡せる絶好のロケーションに位置しています。


 トナカイ・ヘアピンの最初の入口にさしかかった康平が、ブレーキをかけ
速度を少しゆるめたあとカーブの進行方向に合わせて、自分の体を旋回方向へとゆるやかに
倒しはじめます。その瞬間、康平の動きに呼応して貞園もまた、同じ方向へ体を傾けます。
難なく最初のカーブを抜けた次の瞬間、早くも次の急カーブがスクーターの行く手に迫ってきます。
今度はぐるりと大きくうねりながら、時計回りに半周以上も回転します。
康平が身体を動かし始める前に、早くも貞園が先に体を傾けてはじめてしまいます。



 「うまいもんだ。いつのまに、そんな高等テクニックを覚えたの?」


 「五六さんに、ついさっき教授されたばかりです。
 ついでに・・・・あなたに振られたら、速攻で、俺のところへやって来いなどと、
 がらにもなく、口説かれてしまいました」


 「油断も隙もないねぇ・・・・君も、五六も。
 それにしても、君はきわめて反射神経がいいね。おかげで、すこぶる運転がし易くなった」

 「いいわよ。もう少し速度をあげたって! 実に快適そのものだもの」



 「あまりワインをこぼすわけにもいかないが、そいうことなら君の好意に甘えよう。
 久しぶりのランデブー走行だ。これはこれで、久しぶりに血が騒ぐ。
 いくぜ、貞園。最高到達地点を目指して、一気に行くぞ。
 後部座席での協力を、よろしくな!」


 「ねぇ、康平。ランデブーってどんな意味があるの?」



 「ランデブーは、一般的には”あいびき”だ。いわゆるデートをするってことだ」

 

 「あら、いつのまにデートをしているの、私たち?」



 「このスクータに乗った時点からはじまっているさ。
 ランデブーには、また別の意味があって、まったく別の使われ方もある。
 それが、タンデムと呼ばれているもので、バイクで二人乗りをするという意味のことだ。
 呼吸もぴったりだし、このまま、もうひとつの最速のタイムがたたき出せそうだ。
 俺たちの相性は、ぴったりのようだ。
 二人乗りをしている時に、かぎっての話だけどね」


 「でもさ。できたらあたしのワインの、全部はこぼさないでね・・・・・
 あたし。スクーターの後部座席って、まったくの初めての体験なんだよね、実は・・・」





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