落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第44話 竹林を歩く 

2014-11-22 12:50:13 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第44話 竹林を歩く 




 佳つ乃(かつの)足の速さには、異常なものがある。
着物姿の大きなお姐さんたちを見つけた瞬間、あっという間に門を飛び出し、
竹林の中に、姿をくらましていた。
姐さんたちの一行を駐車場まで見送った後、似顔絵師が戻ってくると、
竹林の中から佳つ乃(かつの)が、何食わぬ顔で姿を現した。


 「悪戯をしているわけではないから、姿を隠す必要はないそうだ。
 それにしてもあなたは、足が速いねぇ。
 普段は着物でしゃなりと歩いているから、気がつかなかったけど、
 100メートルを走らせたら、金メダルが取れそうだ」


 「そうどすやろ。
 逃げる必要はまるっきしなかったんいうのに、気が付いたら
 反射的に走っとたんどす。
 きっと履きやすくて、軽量過ぎる、この運動靴のせいどすなぁ。
 そういえばさいぜん、おっきいお姐はんから、何や預かったようどすなあ?」



 「君に渡してくれと、2つの品を預かった。
 芸妓さんが必携のはずの日傘と、顔を隠すためのサングラスだ。
 ついでにあんたが、売れっ子芸妓の佳つ乃(かつの)の新しい恋人かって、
 しつこく、さんざん追及された。
 君ってさぁ、もしかして、恋多き祇園の女なのかい?」


 サングラスと日傘を受け取った佳つ乃(かつの)が、ふふふと小さく鼻を鳴らす。
そのままサングラスを頭に乗せ、はらりと音を立てて、日傘を開く。


 「30を過ぎてしもうた女に、いまさら、過去の恋愛なんか聞かんといて。
 ひとつも有りませんと言えば、嘘んなります。
 けど、うまくいかなかったから、いまでも独り身のまんまどす。
 哀れな女は祇園甲部には、掃いてほかすほど、おりますゆえ」


 「花街の人たちは、揃いも揃って恋愛が下手という意味なのですか。
 もしかして?」



 「聞き捨てなってませんなぁ。
 あんたっていうお人は、花街の独身を、全員そろって敵に回すつもりどすか。
 そうではおへん。恋愛をする余裕があらへんのどす。
 女の一番大事な時期を、芸事の修練と、お座敷で明け暮れるからどす。
 毎日が忙しすぎて、恋愛に浸っておる隙間なんか、あらへんのや」

 「でも君は、実際に恋をしてきただろう。
 過去に1度や2度、人を熱烈に好きになったはずだろう?」


 「いけずやなぁ、あんたはんも。
 はいはい、ウチも人並みに、殿方に恋をしてきましたぇ。
 けどなぁ、どれもこれもみんな、ウチの勝手な片思いばかりどす。
 好きんなるのはみんな、奥はん持ちの、年配者ばかりどす」


 「そうか。成功した年配者に懲りて、今度は若い男にターゲットを
 絞ったわけか。多少は、学習能力が有りそうだな、君にも。うふふ」


 「いけずやなぁ。ほんまに。
 あんたを応援するとは言うたけど、まだ、恋人にするとは言うてへん。
 人生に成功した人たちも嫌いやけど、出世の階段を登り損ねて、
 いまだに愚図愚図しとる人も大嫌いや。
 ウチ、ホントは考え方が、天邪鬼(あまのじゃく)やねん。
 ああ・・・何度も恋することにしくじったとはいえ、なんでいまさら、
 あんたみたいな変なのを拾ったんやろ。
 拾うてしもうた自分が、信じられへん。なんでやろ・・・」


 くるりと背を向けた佳つ乃(かつの)が、竹林の中をスタスタと歩き出す。
拗ねた時の佳つ乃(かつの)は、気配だけですぐ分かる。
寂しそうな背中が、暖かい手の到着を待っているからだ。
すぐに追いついた路上似顔絵師が、佳つ乃(かつの)の背中へ手を回す。
クスリと笑った佳つ乃(かつの)が、眩しそうに目で、似顔絵師の顔を見上げる。



 (あんたと本気で、夫婦になる日は来るんやろか・・・
 弟みたいに思うとるけど、まだまだ男性としての魅力は、不十分過ぎる。
 添い遂げたい気持ちは有るけど、この竹林と同じように、出口は見えんまんまや。
 いけんいけん。先を急いだらいけん。
 この人の、澄んだ瞳を好きになったしもうた、ウチが悪いんや。
 ウチの本心は当分の間、封印したまんまにしておこか・・・
 我慢や、我慢。
 ああ、ウチの恋愛はどうしていつも、こんな風に傾くんやろ)



 奥嵯峨野の竹林は、まるで海のように、どこまでも果てしなく続いていく。
青い木洩れ日が、2人の行く手にゆらゆらと揺れている。
いつだったかこんな風にしてこの道を、片思いの男性と歩いたことを、突然
佳つ乃(かつの)が思い出す。


 (あっ、あかん・・・やっぱりここは、縁起の悪い道や。
 堪忍してな路上似顔絵師はん。破談になったら、やっぱりウチのせいや。
 ウチは恋をしたら、いけん運命の女かもしれんなぁ・・・)


まいったなぁ、と佳つ乃(かつの)が、くるりと日傘を回してみせる。


第45話につづく

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おちょぼ 第43話 嵯峨野と、サングラス

2014-11-21 12:07:20 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第43話 嵯峨野と、サングラス




 嵯峨野は言わずと知れた、京都を代表する観光地だ。
誰もが一度は訪れたことがある、嵐山の渡月橋。枯山水の龍安寺。
衣笠山の裾野を走るきぬかけの道。
西へ向かうこのコースは、京都屈指の景勝地がつづく。
歴史と物語に彩られた古い社寺と、景勝地の連続は訪れる人たちの心を
遠い時代へ招いてくれる。


 嵐山の北東に広がる嵯峨野には、平安時代に貴族たちが建てた
数多くの別荘や庵がある。
貴族が愛したこの場所は、1000年を経たいまでも多くの人たちに愛されている。
時代が変わっても、此処の景色は何ひとつとして、変っていない。
時間を超えた普遍的な美しさが、多くの人々の気持ちを此処へとひきつける。



 嵯峨野でもっとも知られているのが、野宮神社から大河内山荘へ至る、
ゆったりとした竹林の道だ。
いつもよりゆっくりと歩く事で、風が運んでくる竹のさわやかな香りと、
隙間から注ぐ柔らかい日差しをぞんぶんに、感じることが出来る。
時の感覚を忘れ、ゆっくりとただ、目の前を歩いていく
それだけで、自然に溶け込んでいくときの心地良さを、存分なまでに味わえる。

 平安時代。平清盛に寵愛された祗王(ぎおう)という白拍子は、
新たな女性の登場とともに、寵愛を失った。
祗王は世の無情を嘆き、尼となり、この嵯峨野の地に移り住んだ。
この時、祗王は華も香る21歳。
その後、一生を尼として仏門に捧げ、嵯峨野で生涯を終えたと伝わっている。

 
 「祗王(ぎおう)は、悲劇の白拍子どすなぁ。
 平家物語や源平盛衰記の中には、たくはんの白拍子たちが登場すんのどす。
 白拍子の祇王は、平清盛の寵愛を受けました。
 加賀の国から仏御前という白拍子が上洛して、清盛に舞を見てほしいと
 自ら願い出んのどす。
 清盛は「祇王がいるので、舞は十分や」言うて、面会を断るんどす。
 けれど哀れに思った祇王のとりなしで、仏御前は清盛の前で、
 舞を披露すんのどす。
 すると清盛は仏御前の美しさに心を奪われ、祇王を屋敷から、
 非情にも追い出してしまうんどすなぁ。
 寂しい想いで立ち去っていく祇王に、身を救われた仏御前は、
 「2人の友情は、終生変わりません」と、告げるんどす」


 駅前でタクシーを降りた佳つ乃(かつの)が、白拍子の古事を語る。
ついでに美しい奥嵯峨を巡りながら、祗王ゆかりの祇王寺まで、
ぶらりと歩いて行こうと言い出した。
いつの間に用意したのだろうか。佳つ乃(かつの)はすでに、運動靴を履いている。



 「さぁ。歩くわよ。ウチはこう見えても健脚どす。うふふ。嘘どす。
ホントは運動不足のただの30女どす。ねぇお願いがあるんどす。
ウチが疲れたら、可哀想だと思って、背負ってね」
嬉しそうに笑いながら、軽装の佳つ乃(かつの)が祗王寺までの
ハイキングコースを歩き出す。


 「仏御前は祇王に代わり、清盛からの寵愛を受けるんどすなぁ。
 一方、追い出された祇王は、妹の祇女、母の刀自の3人で尼として出家し、
 嵯峨で貧しい暮らしをはじめるんどす。
 これを知った仏御前は、胸を痛めて、心がとがめますなあ。
 自身も出家して、嵯峨野に祇王を訪ねます。
 祇王は驚きますが、仏御前の決心を知り、快く受け入れるんどす。
 以降、4人で仲良く一緒に暮らした。と謡曲の「祇王」に描かれてます。
 仏御前は17歳。祇王が21歳。祇女は19歳。
 現生を諦めて出家するには、あまりにも若過ぎる年齢どすなぁ・・・」


 4人が暮らした庵は、嵯峨天皇ゆかりの大覚寺の塔頭(たっちゅう=小寺)の尼寺だ。
法然上人の弟子・良鎮(りょうちん)が創建した、往生院の跡地の中にある。
1895(明治28)年。当時の京都府知事・北垣国道が祇王の物語を知り、
嵯峨にあった自分の別荘の庵室を寄贈し、これを本堂として現在の地に、
祇王寺を建てたといわれている。

 
 1時間ほどゆっくり歩いた後、ようやく祇王寺に着く。
2人は肩を並べて古びた草庵の本堂と、こけむした青い庭を眺める。
若い尼僧たちは、こんな鬱蒼とした「山奥」で、どのようにして4人で
暮らしたのだろうか・・・
そんな想いに心を馳せた瞬間。本堂の奥からがやがやと人の声が流れてきた。
日傘をさした着物姿の一団が、突然、2人の目の前に現れた。



 一目でそれと分かる、花街の大きなお姐さんたちの一団だ。
供養でも有ったのだろうか。めいめいが手に手に小さな荷物を持っている。
ぞろぞろとした着物の一団が、花街の白粉の匂いを残して、路上似顔絵師の前を、
悠然と通り過ぎていく。
お姐さんの一団をやり過ごした後、やれやれと似顔絵師が背後を振り返った瞬間、
佳つ乃(かつの)の姿が見えないことに、初めて気が付く。


 最後尾を歩いていたお姉さんが、にっこりと路上似顔絵師を振り返る。
「売れっ子芸妓が、日傘も持たんで外出するとは、言語道断どすなぁ。
あわてて顔を隠すのなら、サンブラスくらいは用意しいと、
あの妓に伝えてくださいな」
はい、と呆気に取られている路上似顔絵師に、持っていた日傘と
薄いブルーのサングラスを、そっと手渡す。


第44話につづく

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おちょぼ 第42話 サラが祇園にやって来る。

2014-11-20 11:00:29 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第42話 サラが祇園にやって来る。




 意外なほどあっけなく佳つ乃(かつの)は、妹の話を受け入れた。
「お引き受けいたします」そう答えた佳つ乃(かつの)の顔に、迷いはなかった。
同席していた理事長のほうが、逆に恐縮の表情を見せた。


 「そやけど髪は栗色や。目は父親譲りの薄いブルーやで。
 おまけに身長は170センチの、大女や。
 日本語の会話は片言や。
 レディファーストが当たり前の国で育った女の子や。
 面倒見るのは、生半可なことでは済まないで。ええのか、本当に。
 嘘やないやろな」

 「ウチの可愛い妹になるんやろ。ウチが辛抱すればええことどす。
 心配あらへん。ウチがすべて面倒みますさかい、安心しておくれやす」



 ニコリと笑ってみせる佳つ乃(かつの)の様子に、おおきに財団の理事長が
内心で、ほっと、安堵の胸をなでおろす。
難航すると思われた佳つ乃(かつの)の説得は、短時間で終了した。
同席をした置屋の女将も、バー「S」の老オーナーも、意外すぎる展開に、
思わず拍子抜けをする。
手放しで単純に喜んでいるのは、理事長だけだ。


(やれやれ。これで一安心がでけるというもんだ。よかった、よかった、)
額の脂汗をぬぐい落とした理事長が、カウンターの隅へ似顔絵師を呼びつける。


 (恩にきるでぇ。お前さんの下話のおかげや。これで万事がうまく進みそうや。
 これ、少ないが今日のデート代の足しにしてや)



 成功報酬のつもりだろうか。理事長が白い封筒を似顔絵師に押し付ける。
「僕は別に、そんなつもりで口添えしたのでは・・・」と戸惑う似顔絵師の肩を、
上機嫌の理事長がポンポンとたたく。
(最近は人目を避けて、梅田の町でデートを重ねているんやて。ええなぁ若いもんは。
サラが祇園へ住み込むと、佳つ乃(かつの)も何かと忙しくなる。
今日は忙しくなる前の束の間の休息や。もうええから、2人でどこかへ行っといで)
ポンポンともう一度、路上似顔絵師の肩を叩いた理事長が、底抜けの笑顔で
カウンターの隅から立ち去っていく。


 「ワシらも久しぶりに飲みに行こうか」と理事長が、女将の勝乃に声をかける。
「あらまぁ、理事長はんのおごりとは珍しい。大賛成どすなぁ、行きまひょ」
すかさず勝乃が、嬉しそうな反応を見せる。


 「鞍馬がええわ。 夏の末から初秋の今は、落ち鮎の季節どす。
 アユと言えば夏に味わう魚というイメージが強いおすけど、
 本当に美味しいのは、落ちアユや。
 卵を抱えた子持ちのアユは、絶品どすからなぁ」


 「いいねぇ、落ちアユか。
 貴船川沿いに、湯豆腐と鮎料理の料亭が軒をつらねとる。
 話は即決で片付いた。
 いつまでも若い2人の邪魔をしていては、無粋すぎるというものだ。
 ワシら大人は、貴舟で、落ち鮎三昧としゃれ込むか」


 バー「S」の老オーナーも、嬉しそうに席を立つ。
慌ただしく立ち上がった3人は、佳つ乃(かつの)と路上似顔絵師を
店内に残したまま、ドヤドヤと先を争って階段を駆け降りていく。
街路樹の並ぶ路上に、先ほどから理事長のベンツが停まったままになっている。
エンジンをかけたまま、運転手がじっと待機している様子から察すると、
佳つ乃(かつの)の説得がうまくいった場合、最初から鞍馬で
祝杯を挙げる予定だったようだ。



 「いいんですか。帰国子女を、簡単に2つ返事で引き受けちゃって。
 あとでたっぷり、後悔することになりませんか?」


 
 「後で後悔するくらいなら、最初から引き受けません。
 ウチなぁ。今年は貧乏くじを引きっぱなしどす。
 7年間も面倒を見た清乃は、新しい生き方を求めて、夏と一緒に祇園を去った。
 ウチの心に気が付いたら、ぽっかりと大きな穴が開いてしもうた。
 悲しみと淋しさが、ウチの平常心を狂わせているんや。
 本間言うたら、ヤケになっているのかもしれへん。
 気が付いたらいつの間にか、実力の知れん、訳の分かれへん絵描きをひらうし、
 挙句の果てには、薄いブルーの目をした帰国子女の面倒見る気にもなった。
 別に、心境が変化したわけや、あらへんで。
 いわれるままに、はい。わかりましたいうんが、いまの本心や。
 全部引き受けて、重荷を背負って歩いてみろと言う神様からの試練やな。
 好き好んであんたを拾ったくせに、いまさら変な絵描きなどと
 悪態を言うのは、あんたに失礼過ぎますねぇ。
 怒らんといてな。ちょいとだけ、ウチの口が滑っただけや」



 「ウチ等も行こか」と佳つ乃(かつの)が路上似顔絵師の腕を取る。
腰に手を回すと不機嫌な顔を見せるが、手をつなぐことは本人的にOKらしい。
階段を降りた佳つ乃(かつの)は、通りかかったタクシーを素早く拾う。
乗り込んだ瞬間、佳つ乃(かつの)が、「嵐山電鉄の、嵐山駅まで行って」と
運転手に行先を告げる。

 

第43話につづく

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おちょぼ 第41話 東京者には、負けられへん

2014-11-19 10:36:02 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第41話 東京者には、負けられへん



 「お前はんのほうからの交換条件か。ええやろう。何でも言うてくれ。
 それにしても、良く引き受けてくれる気になったなぁ。
 その気になった決め手は、いったいなんだ?」


 「東京には、絶対に負けられません。
 このあいだ、上京した際、東京で最高齢の売れっ子芸者はんにお会いしました。 
 91歳になられる『ゆう子』はんという方どす。
 唄や踊りが日常やった芸人の家に生まれ、3歳で初舞台を踏んだそうどす。
 13歳で花柳界に入ったそうどすから、この道、78年の大ベテランや。
 浅草の見番でお会いした時は、涼やかな水色の着物に、白と紺の帯を締めてはりました。
 薄紫の道行を羽織って、さっそうと現れました
 思わず、『お元気どすなぁ』と声をかけたら、『ええまだ91歳どすから』と
 軽やかに切り返されました。
 予定が入っていなくても、急にお客はんから電話があるかもしれん。
 観劇などのお誘いもあるかもしれん。
 そないな時、すぐ対応でけるよう、常にきちんと居ずまいを正しておるそうどす。
 つい、面倒くさいと流されて、生活が崩れていくことを許さないお方どす。
 息子はん夫婦と孫と2世帯住宅に暮らしていますが、自分自身の生活の場は
 あくまでも独立した2階だそうどす。
 稽古場もあり、24人のお弟子はんが小唄を習いに来とるそうどす。
 青い目の外人芸者はんが、結果的に除籍されたことは、むちゃ不幸なことどす。
 けど浅草が粋な街であることに変りは有りません。
 そんな風におっしゃっていたのを、思い出しました・・・
 年を取るとあきまへんなぁ。肝心なことを、いとも簡単に忘れてしまいます。
 400年の歴史を持つ浅草の花柳界が、青い目の外人はんをいっぺんは受け入れたんや。
 伝統と格式を誇る京都が、帰国子女を拒否するわけには、いきまへんなぁ」


 「ええ覚悟や。それでこそ祇園を背負って立つ、福屋の勝乃女将や。
 で、交換条件とはいったいなんや。言うてみい。
 ワシも男や。覚悟は決めた。命以外ならなんでもお前はんのいう事をきくでぇ」


 「覚悟を決めるのは、理事長やおまへん。弥助はんのほうや。
 帰国子女をウチが預かるという事は、佳つ乃(かつの)にまた、
 妹芸妓を預けるということになるんどす。
 ほんでもええというなら、この話、責任もって承諾しましょ」


 「ワシなら異存はない。
 だが、佳つ乃(かつの)がどう反応するかまでは、責任が持てん。
 手塩にかけた清乃がついこのあいだ、引き祝い(引退)をしたばかりや。
 気持ちが傷ついているのは、ようわかる。
 時期が悪い・・・説得する自信が、今のワシにはあらへん」


 「あんたらしくありまへんなぁ、腰砕けや。
 親代わりで育てたあんたが、そない弱気なことでどうすんねん。
 あんたが説得せいで、誰が佳つ乃(かつの)を、説き伏せるんや。
 しっかりしてや、弥助はん。あんただけが、頼みの綱なんやでぇ」



 「そうは言われてもなぁ・・・」とバー「S」の老オーナーが、
チラリと、理事長の横顔を盗み見る。
(親代わりで育てた?。実の親子じゃないのか、オーナと佳つ乃(かつの)さんは)
カウンターの端に居た路上似顔絵師は、その言葉を聞き逃さなかった。
聞きにくいことはすぐに聞け、と、理事長に教えられたことを思い出す。
時を逃すとあとでは聞きにくくなる・・・忍び足で理事長に近づいた似顔絵師が、
耳元でそっと小さくささやく。


 (理事長さん。オーナと佳つ乃(かつの)さんは、実の親子ではないのですか?)


 (おっ、恋人のことが心配になったてきたのか。なかなかに、ええ傾向や。
 弥助は、いってみれば佳つ乃(かつの)の後見人みたいなもんや。
 そこにいる女将の勝乃は、佳つ乃(かつの)の育ての親や。
 この2人に支えられて、佳つ乃(かつの)は祇園を代表する芸妓に育った。
 なんやお前。佳つ乃(かつの)から、なんも聞かされておらんのか?)



 (はい。今夜、初めて事実を知りました)


 (佳つ乃(かつの)の身辺にはちびっとばかり、込み入った事情が転がっておる。
 そうや。お前はんからも援護射撃をしてくれへんか。
 頼みの綱の弥助があの調子では、説得するのはえらいじゃろう。
 お前はんの言う事なら、ひょっとして佳つ乃(かつの)が聞き入れるかもしれん。
 もしも佳つ乃(かつの)がごねた時には頼んだぜ。この芸妓泣かせの色男!)

 (あ、いえ。僕らはまだ、決してそんな関係ではありません!)


 (阿呆。それくらいのことは、見ていて百も承知や。
 だが、ちびっとばかりやけど、佳つ乃(かつの)が綺麗になってきたのは事実や。
 ひょっとすると、瓢箪から駒が出るかもしれんな。
 お前。死ぬ気できばってみい。
 もしかしたら今度は、長年の開かずの扉が開くかもしれんで。
 むっふっふ・・・楽しみやなぁ)


 帰国子女を受け入れると表明した女将を、理事長がほっとした目で見つめる。



(だが問題は、佳つ乃(かつの)が帰国子女を、受け入れてくれるかどうかだな。
 それにしても、これで、とりあえず第一段階はクリアした。
 やれやれ我が孫のこととはいえ、まだまだ前途は、多難の様だな・・・)



第42話につづく

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おちょぼ 第40話 青い目芸者の、後日談

2014-11-18 10:03:20 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第40話 青い目芸者の、後日談



 「へぇぇ。そんな事が有ったんだぁ」読み終えた勝乃が、目を丸くする。
「だがお前さんは、手の内を明らかにすると言いながら、しぶしぶこの記事を出した。
ということは、まだ、ほかに何か隠している事が有るんだな」
記事を読み終えたバー「S」の老オーナーが、鋭い目線をおおきに財団の
理事長に向ける。


 「お前には、かなわんなぁ。
 実はこの話には、後日談が有る。
 初の外国人芸者として、浅草で活躍してきたこのオーストラリア出身の女性が、
 置き屋や料亭が加盟する東京浅草組合に、独立の許可を求めたトコ、
 拒否されたうえに、除籍処分になったという後日談が有る」


 「何、組合から除籍された・・・そらまたいったい、どういう意味や」



 「彼女は、オーストラリアの有力紙に
 『外国人であるという理由だけで、独立を認められなかった』と述べとる。
 いっぽう浅草の組合は、共同通信の取材にたいして、
 『日本国籍を有するという条件が規約にあるが、短期で勉強をしたいという
 ことだったので、芸者になることを特別に認めた経緯がある。
 そもそも彼女の独立は想定していなかった』と答えとる」


 「だがなぜ、急に独立することになったんだ。
 芸者として独立するには、それなりの年数が必要なはずだ。
 特別な子でないかぎり置屋の抱え芸者として5年から6年、芸の修行に励む。
 一人前と認められた後、数年後に独立するのが一般的だろう」


 「置き屋の「おかあはん」が体調を崩し、このままでは活動を続けられなくなった
 ことから独立したいと浅草の組合に申し出た。と記事には有る。
 組合は彼女が外国籍で有ることよりも、芸者としての品位を問題にした。
 芸事の稽古にはあまり参加せず、先輩の言うことにも従わない。
 自身のウェブサイトを通じて、お座敷の予約を受け付けたり、
 出演を認めてくれなかった先輩芸者に対しては、大きな声で苦情を言うたそうや。
 この事件は現代社会と伝統的文化の融合が、いかに難しいかを物語っとる」



 日本はいま、古くからの伝統文化を根こそぎ失いつつある。
復活を目指す一部の動きもあるが、たいていが時代の波に押され、消えつつある。
我が国の文化は、封建制度の江戸時代に最盛期を迎えた。
ヨーロッパの知識人や、芸術家などの憧憬と賞賛の的になったすばらしい
独自の文化が、見事なまでに開花した。


 だが日本の伝統文化はその後2度にわたり、変革と試練の時を迎える。
最初が、明治維新とその後に政府による急激な欧風化改革だ。
2度目は太平洋戦争の敗戦により、全土に民主化というあたらしい波が到来をした。
長年にわたり維持されてきた文化的遺産や生活習慣が、激しい波に呑み込まれ、
外観だけを残して、いつの間にか中身が崩壊をはじめた。


 花柳界も同じように、時代の波に翻弄されている。
一世を風靡した日本各地の花柳界が、いまや絶滅の危機に瀕している。
原因として挙げられるのが、後継者の不足だ。
伝統的な日本文化を受け継ぎ、芸者や芸妓になろうという若い人たちが激減した。



 敬遠される最大の理由は、しきたりと厳しさ修行からくる、精神的な苦痛だ。
椅子での生活が当たり前だった女の子が、いきなり畳の上での正座を命じられる。
親のいう事さえ無視した子が、先輩の言葉の絶対的服従を強いられる。
ろくな給料ももらえない。
自由を制約されながら、将来のためにひたすら芸事の修練に励む・・・
とてもではないが、現代っ子に耐えらる世界ではない。
日本という風土が変わったわけではない。
勤勉で我慢強かった日本人という人種が、安易を求める現代風に変わってきただけだ。


 「分かりました」

 福屋の女将、勝乃がキリリと目を挙げた。覚悟を決めたのだ。



 「ウチが帰国子女を、お引き受けしましょう
 ただし。お引き受けするからには、ウチからも条件が有ります」



第41話につづく

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