いわき市生涯学習プラザに飾られていました生け花から。
新田坂の戦い・二ツ橋の戦いとなりました戦闘の跡を振り返りました。
政府軍の戦いのルートがたどれました。
七曲りとはどこの七曲りか?
泉陣屋の表門は現在も残され、市の指定になっているようです。
橋は古くからあったようです。
もちろん建て替えられていますが。
久しぶりに
いわきフォーラム’90 ミニミニリレー講演会(485回)
に参加しました。
戊辰戦争と七曲り・八帆入橋・新田山
~1868年6月28日の薩摩・備前・大村藩の進路を中心に~
講師は
郷土史家の加茂泰弘先生でした。
今回は
新田坂の戦い・二ツ橋の戦いとなりました
戦場の場所や戦いの路を探るお話と戦死者のお墓のお話、
泉藩についてのお話の貴重な講演会になりました。
☆なぜ歴史を学ぶのか
☆郷土史研究で気をつけていること
☆口伝は口伝として参考程度に聞く
☆参考にした文献・資料
☆今回の資料の説明
☆慶応4年5月8日から6月28日までの
戊辰戦争に関する主な出来事
☆薩摩藩・私領二番隊の記録・・・私領二番隊戦状
☆戊辰戦争の時、両軍は鮫川をどのように渡ったか
☆七曲りについて
☆八帆入橋について
☆新田坂・新田山について
☆6月28日の泉陣屋及び新田坂、新田山の戦い
☆新田山周辺での戦死者
☆泉藩の戊辰戦争での戦死者
☆当時の戦争で捕虜になると・・・・・
☆いろいろな疑問の討論
・激戦場でのそれぞれの戦死者の数
・最大の激戦場?・・・死者は二ツ橋の戦いではないのかなと。
・西軍約700人の毎日の食事はどうしたのかな?
・・・いわきでの戦い約1か月の食事。
・・・・各村に頼んで炊き出しをしたようですが。
貴重な地図等、
加茂先生、ありがとうございました。
今後とも研究を続けていただいて
お話をお聞きしたいです。