庭の赤いボケが満開!!
燃えるよう。

いわき・平窪の安藤安道さんが書いた
寛政十一年農家年中行事です。
松平定信が寛政の改革をした時代です。
老中として補佐したのが、
泉藩主・本多忠蕁(ただかつ)です。
私達「なるほど歴史塾」で平成21年8月に
現代訳として冊子にしました。
222年前(1799年)・いわきの4月初めを書き残した、
長谷川さんの「寛政十一年 農家年中行事」
(現代訳は「なるほど歴史塾」)から
一.四月一日は、
綿ぬきという。
今日より布子を脱ぎ、あわせを着る。
時節不相応の衣装は、女房の恥である。
まず、刈敷(かりしき)の支度は
仕事着・襦袢・夏帯・タスキ・火打巾着・フンドシ・キャハンなどは、
使う前の月に揃えておくように心掛けなければいけない。
※衣替え(ころもがえ):現代は6月1日に行うのが例である。
男は、植え物・播く物・麦の跡のこと。
天気・不天気・土の乾き・しめりなどの土の加減を
よくよく考えるべきで、
中でも、生姜(しょうが)、蒟蒻(こんにゃく)、茸(つく)藷(いも)、木綿などは、
特別に念を入れなければいけない。
次に、藍(あい)の植え付け、肥料のほどこし方、
また、大豆、小豆(あずき)、大角(なた)豆(まめ)、粟、ヒエの播きつけ、瓜、
茄子(なす)、煙草(たばこ)の植え付けなどは、
刈敷の前に済ませておくべきだ。
刈敷は、騎刈(のりかり)・挽刈(びきかり)・薙刈(なぐりかり)、
抱山(かかしやま)・散(さん)野(や)の入合(いりあ)野(い)の柴の刈り出し、
荷送(におくり)、間配(まくはい)散らし、朝返し、
小返しなどを気魂次第で働いた跡をめざましくなるようにすることだ。
一.七日は、
平、子鍬倉大明神のお祭りで町方の屋台で、
狂言、手踊りの出し物がある。
面白いことだが、数日の見物は、
家業の妨げになるので、心得なければならない。
一.四月八日は、
潅仏(お釈迦様の誕生日)といって、
諸寺院において、法要があります。
また、処々の鎮守・うぶすなの祭礼があり、
貴賤、老若、参詣するけれど、正直者はまれである。
不正直者が参詣しても無益のことだ。
一休の狂歌に
(参拝する者の心が曲がっていては、利益はなく罰が当たります。)
又、古歌に
( 心に実の道があるならば、祈らずとも神が守ってくれます。)(菅原道真)
天照大神のご託宣には、
正直は一旦の依怙にあらずといえども終(つい)に日月の憐れみを蒙出る。
謀計は眼前の利潤をなすといえども終(つい)に神明の罰を蒙る。
右の信託に背く故に、生霊、死霊、呪調伏、此罰、彼罰、祟り(たたり)、
怨霊を取り除いても、
又、祟り(たたり)があたるのは、自分の作った罪の報いなのである。
或る書物に、積善の家に余慶があり、積悪の家に余霊(たたり)があると。
この心得を考え、悪事をつつしむことがたいせつだ。
一.今月のきまった行いとしては、
田畑の手入れ、
これは、日月が草木国土を照らして、野菜のひきわけ、鍬目を入れ、
厩(むまや)糞(こい)、掃溜(はきため)、毟(むしり)草(くさ)のつけ運び、
畔のふちなどまでよく刈込をして五月を待つべきだ。
と、
現代まで続いている衣替え・農作業・行事の事がくわしく書かれ、
また、
宗教信あふれる姿に心打たれます。
今日から新年度が始まります。
コロナ感染症から2年。
日本のデフレから30年などと言われていましたが、
日本の遅れがいろいろなところから
ほころびが出た2年目でありました。
電機産業やデジタルの遅れやシステムの遅れなど、
なおかつ、
30年前は賃金も高かったが、
今や先進国の中では最低と。
アジヤでもトップではない。
明治時代初期の渋沢栄一さんではないが
気概がないので
このまま、ズルズルと行きそうですね。
人口も明治初期の3.000万人になる予想ですので
明治初期に戻ると。
そこからどうする!!
日めくりカレンダーから
☆「今日頑張って
明日辞めよう」で40年か。
福岡県 講師の方
定年退職を迎えた夜に
お父さんが筆者に言った一言でした。
地元の商社の営業にお勤めされ
営業として、日日数字に追われ
最後は営業部長で終わられたお父さん。
さて皆さんは?
いのししも
お父さん派でしたね。