なぜか、毎年夏ずっとポケモン映画を見続けている。
ポケモンに愛着がないのに。
ただ、愛着がないため、いろいろ他の事を考えながらみる時間となる。
このブログは、きわめてポケモン愛好家と遠い位置にあると思うので、ネタばれしても一向にかまわないと思われるので書くけど、昨年のポケモン映画は、個人的には、ポケモン映画史上最悪のストーリーだと思っている。
どんな話かというと、実力を認めて欲しい若いポケモンが実力を見せようと強いポケモンに無謀に挑むという話である。多分意図したのは、未熟なポケモンが成長する物語でこういうまとめではないだろうが、個人的にはそうまとめざるえない。ピカチュウやサトシですらほとんど活躍しない。デントやアイリスやロケット団はまったく蚊帳の外。若いポケモンの師匠のポケモンは、出たら一瞬にやられて氷づけ。ただただ殺伐とバトルがえんえんと続く。あーつまらなかった。
そういうわけで、かなり見るのがいやだったが、結論的にいうと、今年のお話はけっこうよかった。
今年のお話は人間と人間に虐げられたポケモン同士が、人間に対する立場(反人間対人間容認)からバトルはするが、人間に虐げられたポケモンとサトシたちの友情と通してが最終的にみんな和解する物語。昨年違い戦う大義名分はちゃんとある。ロケット団も少し伏線をはりつつやられてしまうという役割を果たし、いろいろなポケモンもその特性を生かして活躍した。ミューツーの苦悩というのも描かれていた。
その他で、思ったのは、今のアニメーションの主流の背景がリアル、キャラクターはアニメというのはどうなっていくのだろうか?いつかは、キャラクターもリアルとなっていくのだろうか?それとも、やはりキャラはアニメでなければいけないのかな。ひたすら、背景をリアル化していく事に、すげえと技術と思わせる以上の意味があるんだろうか?
ロケット団(かくし味)とタイムボカンシリーズのドロンジョたち(敵役)というには、役割が違うんだけど、もう少しロケット団を厚遇してやってもいいのになあ。