これまで、karagura56さんのブログ「浅きを去って深きにつく」から、友岡さんの言葉を拾ってきました。
同じブログには、友岡さんのセミナーや講演の記録も残っています。
「浅きを去って深きにつく」karagura56さんのブログ
友岡雅弥氏講演1 常勝大阪 (December 3, 2007)
読みやすいように、まとめられるものは整理して再構成しました。
明らかな誤字脱字は訂正しました。
友岡さんがまだ創価学会に幻想を抱いていたころの講演ですから、多少割り引いて読む方がいいかもしれません。
■友岡 雅弥氏(東洋哲学研究所・研究員)の講演内容(要約)
■日付/H6.6.12
■会合名/不明
■ ぼくは創価学会に入ったのは14年前で、それまで大学院で仏教勉強してたんです。
でも日本の仏教は大嫌いでした。死んでから幸せになるんですね。
それからやってる事いろいろ矛盾していますよ。
お盆とかお彼岸に線香くすめてご先祖さんに帰って来てもらうんですね。
これおかしい話ですよ。自分たちが何やってるか解ってへんのです。
先祖帰って来たらえらい事ですよこれ。
先祖って一人かって言うんです。お父さんお母さんで2人ですわ。
その両親にそれぞれ両親がおるんです、4人です。そのそれぞれにお父さんお母さん・・で8人、16人・・。
例えば8代前まで先祖やけど9代からは違う、そんな水臭い話はないですよ。8代前も9代も先祖ですわ。
そしてなんと27代で一億人越えるんですわ。
これが線香1本で帰ってきたらうるさいですよ。『こんにちは、こんにちは』言って。亡き人を偲ぶ気持ちは大事です。
しかし亡き人が向こうでぷかぷか浮いているのは、他の宗教なんですよ。仏教やないんです。
仏教の生死観ていうのは。
また生まれてくるという考え方をするんです。
仏教ではあの世が無いんです。
この世ばっかりなんです。
例えば「倶舎論」では、死んでる期間が2か月間だけなんです。
どういうことかっていうとこう考えるんです。死んでから三途の川があって、というのは例え話でほんまの話と違うんですよ。
卵子と精子が受精してから人間の形になるまでがだいたい7週間なんです。
つまりもともとの仏教の「49日」は、小さな細胞が人間の形になるまで、その間、がんばれよっ、ちゃんとした人間になって生まれて来いよって新しい生命を応援してあげようという意味だったんですよ。
医学から来てるんです。
日本では死んでから「49日」でしょ。
一週間ごとに閻魔さんとこへ行ってすいませんとか言ってね。
生まれて来る生命への、「49日」だったのが、日本に入ってから死んでからの「49日」、坊さんのための「49日」になってしまった。
全然違う。ここが、他の宗教との大きな違いなんです。
今のこの老いて死ぬというこの問題を、この世で解決せえへんかったら、また次も苦しいで、だから今がんばりましょうという。
現実をそれほど大切にした。
この考え方からしたら、我々の先祖はみな生まれて来てるんです。
だから今ここにいる皆なを大切にしましょうとこういうふうな考え方なんです。
それが日本に入ってきて、あの世でぷかぷか浮いてるんですね。
【解説】
友岡さんは、原理的な考えから、お盆とかお彼岸といった日本の伝統的な宗教心のあり方を批判しています。
私は、そこまで日本の伝統を否定しなくてもいいのではないかと思ってしまいます。
獅子風蓮