毎日新聞を購読しているが、毎週金曜日の夕刊に、専門編集委員の 近藤 勝重さんの《幸せのトンボ》という連載コラムがある。夕刊は、ほとんど読むところがないのだが、この欄は楽しみにしている。
「書けば元気になれる」は、昨日のコラムの表題である。その中で 近藤さんは“書く”ことの効果をいくつかあげている。
①書くことで、悩みが解消できる。⇒自分の考えていることを客観視できる
②書けば 優しくなれる。⇒相手のことを考える気持ちになってくる
要は、ストレスが軽減できる。⇒元気になれる。ということだそうだ。
最後に、清水義範さんの言葉を引用して、「人間は自己表現をすることが好きで、うまくできれば気分がいいのである。」⇒元気になれる。と締めている。
そして、“自己表現”のとき、大切なことは、『相手に伝えようと思っていなければいけない』ということにもふれている。カラオケ(歌)なら聞き手、文章なら読み手。これは、先日の演劇体験の時にも、強調された。「台本に書かれた、感情のない文字を、ただ読むだけなら、相手に何も伝わらない。自分の肉体を通して、相手に伝わる言葉につくり変えて表現することが大切。そのためには技術も必要、ただ技術にだけはしってもだめ。そのバランスが大切。」演劇なら観客。絵画も同じ。
昨日は、みちのく三大半島のブログを、整理し、ふくらませることにかなりの時間を費やした。旅行中は携帯メールで送るので、じっくりつくることはできない。ガイドさんが説明してくれたことで、「オッ!」と思ったことはメモをするようになった。それをもとに、検索して調べたりすると結構おもしろい。もう一度紙の上で旅をやり直す感じ。時間に余裕ができたおかげである。
自己満足には変わりないが、それでもこのブログを読んでくれた人が、もし同じ所に行っていたら、なつかしく思い出してもらえるように、まだ行っていないなら、行ってみようかな。という気持ちになってほしいなという気持ちで、書いている。
今、不慣れなパソコンで四苦八苦しているのは、デジカメでとった写真の処理。思いはあるのだが、技術がない。わかっている人にとっては当たり前のことがさっぱりである。説明をよんでも、言葉がわからないことがしばしば。その都度ストップして試行錯誤の連続。
「書けば元気になれる」は、昨日のコラムの表題である。その中で 近藤さんは“書く”ことの効果をいくつかあげている。
①書くことで、悩みが解消できる。⇒自分の考えていることを客観視できる
②書けば 優しくなれる。⇒相手のことを考える気持ちになってくる
要は、ストレスが軽減できる。⇒元気になれる。ということだそうだ。
最後に、清水義範さんの言葉を引用して、「人間は自己表現をすることが好きで、うまくできれば気分がいいのである。」⇒元気になれる。と締めている。
そして、“自己表現”のとき、大切なことは、『相手に伝えようと思っていなければいけない』ということにもふれている。カラオケ(歌)なら聞き手、文章なら読み手。これは、先日の演劇体験の時にも、強調された。「台本に書かれた、感情のない文字を、ただ読むだけなら、相手に何も伝わらない。自分の肉体を通して、相手に伝わる言葉につくり変えて表現することが大切。そのためには技術も必要、ただ技術にだけはしってもだめ。そのバランスが大切。」演劇なら観客。絵画も同じ。
昨日は、みちのく三大半島のブログを、整理し、ふくらませることにかなりの時間を費やした。旅行中は携帯メールで送るので、じっくりつくることはできない。ガイドさんが説明してくれたことで、「オッ!」と思ったことはメモをするようになった。それをもとに、検索して調べたりすると結構おもしろい。もう一度紙の上で旅をやり直す感じ。時間に余裕ができたおかげである。
自己満足には変わりないが、それでもこのブログを読んでくれた人が、もし同じ所に行っていたら、なつかしく思い出してもらえるように、まだ行っていないなら、行ってみようかな。という気持ちになってほしいなという気持ちで、書いている。
今、不慣れなパソコンで四苦八苦しているのは、デジカメでとった写真の処理。思いはあるのだが、技術がない。わかっている人にとっては当たり前のことがさっぱりである。説明をよんでも、言葉がわからないことがしばしば。その都度ストップして試行錯誤の連続。