昨日、メセナひらかたへ行った際、ロビーに置いてあるパンフレットの類を見ていた。情報源としては結構役に立つ。その中に2009年1,2月に実施した講座「生きること」をまとめた講演録の冊子があった。32年間続いている講座である。4人の方の講演録が掲載されていたが、その中の一人重岡恵子さんの話の中に“八衢(やちまた)”という言葉が出ていた。広辞苑によれば「道が八つに分かれた所。また、道がいくつにも分かれた所」とあり、万葉集巻二・125の三方沙弥(みかたのさみ)の歌が付記されていた。
橘(たちばな)の、蔭(かげ)踏(ふ)む道の、八衢(やちまた)に、物をぞ思ふ、妹(いも)に逢(あ)はずして
橘(たちばな)の影を踏む分かれ道のように、あれこれ思うのです。あなたに逢わないので。
分かれ道が多くて迷いやすいことにたとえられてきた。重岡さんは看護師ろして約13年間病院勤務をされた後、1980年、社会福祉協議会のホームヘルパーに転職、1998年まで約18年間在宅生活者で日常生活困難な方々の訪問介護の仕事をなされ、1999年の3月から9月まで、訪問看護の仕事を経て1999年の9月から電鉄会社の介護保険事業を立ち上げ、2001年の10月からは自宅を改造し、認知症対応型共同生活介護グループホームを開設され、暮らしをともにしながら、地域に開かれたホームを目指しておられる方である。
講演の冒頭で「人生は 八衢(やちまた)」という言葉にふれられている。『・・・人は、その人生の八衢でいろいろ出会う時に人間はその選択肢を一生懸命に考えて選んで前に進んで行けばいい。またそれがしばらく行くと、道は四方八方に幾つにも分かれていて、どの道を選べば良いのか思案にくれ思い悩む、この四方八方に分かれた道を八衢(やちまた)ということでした。これからの私の人生に分かれ道が来た時、私は精いっぱいそこで考え努力して選択して進んでいけば、後悔の少ない人生になるのではないかという思いをしています。八衢という言葉を大事にして、いつもその時が来た時は精いっぱい考え努力し曲がって行こうと思います。・・・』
久しぶりに自分の人生の岐路について思いを馳せた。
橘(たちばな)の、蔭(かげ)踏(ふ)む道の、八衢(やちまた)に、物をぞ思ふ、妹(いも)に逢(あ)はずして
橘(たちばな)の影を踏む分かれ道のように、あれこれ思うのです。あなたに逢わないので。
分かれ道が多くて迷いやすいことにたとえられてきた。重岡さんは看護師ろして約13年間病院勤務をされた後、1980年、社会福祉協議会のホームヘルパーに転職、1998年まで約18年間在宅生活者で日常生活困難な方々の訪問介護の仕事をなされ、1999年の3月から9月まで、訪問看護の仕事を経て1999年の9月から電鉄会社の介護保険事業を立ち上げ、2001年の10月からは自宅を改造し、認知症対応型共同生活介護グループホームを開設され、暮らしをともにしながら、地域に開かれたホームを目指しておられる方である。
講演の冒頭で「人生は 八衢(やちまた)」という言葉にふれられている。『・・・人は、その人生の八衢でいろいろ出会う時に人間はその選択肢を一生懸命に考えて選んで前に進んで行けばいい。またそれがしばらく行くと、道は四方八方に幾つにも分かれていて、どの道を選べば良いのか思案にくれ思い悩む、この四方八方に分かれた道を八衢(やちまた)ということでした。これからの私の人生に分かれ道が来た時、私は精いっぱいそこで考え努力して選択して進んでいけば、後悔の少ない人生になるのではないかという思いをしています。八衢という言葉を大事にして、いつもその時が来た時は精いっぱい考え努力し曲がって行こうと思います。・・・』
久しぶりに自分の人生の岐路について思いを馳せた。