続・知青の丘

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

3・11以後の俳句というけれど

2012-01-05 18:14:41 | 俳句
私の中ではなにも変わるものはない。

むしろ、私には、
我が家の大震災、昨年の1・19以後というべき。

それは、突然に不条理に起こった。
それは、誰にも言えず、言ってはならず
すがる筋合いのものでもなく
ゆえに、誰かに寄り添ってもらえるはずもなく・・・・

権力の椅子はいびつな大根人参  知青

出口もなく、解決の道筋もみえず、
不安と緊張と・・・孤軍奮闘・・・・
こんな6ヶ月間を過ごした。

冬かきつ薄濃(はくだみ)にして愛すかな
などと訳のわからない気分だった。

だいぶ事は終盤に近付いてはいるが
まだ終わってはいない。

そんな渦中にあるときに3・11が起こった。
時事程度のニュースはみても、
それ以上は目をふさぎ耳をふさいだ。
自分が保てなくなるから。
特に被災者の方々の声は聞きたくなかった。
重すぎた。

したがって、
東北も震災も津波も瓦礫も放射能も詠めない。
ひとつには、表現者としての力がないから。
もうひとつは、直接の被災者でないから、
なにもかも嘘っぽくしか詠めないのだ。
いまだに。
想像力を働かせる力と余裕がないのかもしれない。

息子が4月にまだ水も電気もない被災地に
医療ボランティアを志願して行った時も
やっと研修医1年経過したばかりなのに~
早く無事に戻って~と思ったが、
いつかラジオがなにかで兜太師が、
「志のある死は自分は何とも思わない」と言われたのを聞いたから、
私もそのように考えたいと思った次第。

私と東北とはこのような具合で、
息子を通して一時期切実なだけであった。


本題にもどると、
『3・11以後の俳句』などと、
社会現象的に、
特別になにかがあるのだろうかと疑う。
それとも、
家もあり、家族も失ってはいない者が、
このように言うのは不謹慎なのだろうか。

やっと、深刻な時ほど軽やかにと思える。

たわごとである。






コメント    この記事についてブログを書く
« 1年の計~色気について(2012/01) | トップ | 鍋持っておいでー »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

俳句」カテゴリの最新記事