聴覚しょうがい者 あろの独り言

生活の中で感じた事を書きます

聴覚障害児の学校問題について

2005年11月23日 | Weblog

今日、知り合いの方から、相談というか、質問された。自分の子供を聾学校 難聴学級のある学校  自宅の近くにある、難聴学級のない普通教室のどちらがいいか?という話でした。私は自分の経験を話しただけで、この学校にしなさいとは,言えない。私の場合は、ひどかったです。聾学校の幼稚部から、小学部に進学したけど、聾学校の先生は両親に、こう言いました。「聾学校にこのままいると手話を使ってしまうと、声を出して話ができなくなるのと、将来の為に、健常者と一緒に交流しないといけない」その一言で、私は、小学1年からやり直しとして、普通校に入学しました。2回も入学式を迎えました。それが、不幸と落ちこぼれの始まりでした。おいっ ヘボ教師 私の人生を返せと言いたい。授業では、先生が何を話しているか、全く分からない。隣の人は教科書のページをめぐると、私はそれを真似してめぐるぐらいで、今どこを進んでいるか???先生に見つかるたびに怒られて、何も言えなかったな。そのお陰で、授業の内容も分からないままだったので、通信簿は1か2が並んでいて、2はアヒルマークと自分で、楽しんでいたけど、親に怒られて、私の言い分を分かってくれなかった。特に3年生の時の担任は聞こえない人は口話ができるから、口の形を見れば分かると、思い込んでいたから、私が先生の言うことが分からないと、怒られて、廊下に立たされたのが、何回もあった。中学1年まで、こういう生活を送り 地獄のような、学校生活で、楽しかったという思い出は、一つもなかったよ。授業の時、先生が教えている、内容を理解できて、成績も問題ないなら、普通学校に行ってもいいけど、私みたいに、先生が話している内容を全く、理解できていない者は、聾学校か加配のついた、難聴学級がいいかもしれないけど。子供自身の声をきいてやるのが一番です。私の母は私の訴えを言っても、「わがまま」をいうなと怒って、おしまい。だから、もう母になにを相談しても無駄とあきらめて、成績も悪いまま落ちこぼれでした。中学の時、進路の面談で普通校は無理と自分の気持ちをはじめていえました。その後押しをしてくれた、Sさんのお陰でした。進路の面談の前に、どういう風に、話すかを練習に付き合ってくれました。親は、あきらめてくれて、再び、聾学校の高校部に入学しました。でも、私は手話が全く知らない できないので友達の会話に入れなかったけど、寄宿舎に入っていたので、中学部の後輩、同級生、先輩に教えてもらったり、怒られながら、覚えて、3ヶ月ぐらいで、何とか会話の中に入れて、うれしかったです。先生も手話を使って授業をしてくれたし、同じ障害を持つ友達ができて、楽しかったです。もっと早く、こういう学校に入っていたら、こんな思いをしなくで済んだと思います。でも娘がいます。保育所、学校の懇談会の時は手話通訳を同行しています。でも、周りの人にも挨拶して、手話通訳者と私が向かい合ってすわって、他の保護者、先生の話を通訳してもらって、情報を得られるのも助かるです。