集中治療室に入り、少しずつ病状が落ち着いてきた娘は無事退院した
沢山の方がヒーリングのエネルギーを送って下さった
どれだけ心強かったか・・・
脳のCTを撮りに、11月に通院するのだが、しばらくは薬で血圧を管理することになった
夕方、頭が痛いというとドキドキして、心配になる
意識がちゃんとあるか部屋に見に行ってみたり
しばらく状態が落ち着くまで、赤ちゃんと、娘から目が離せない
私自身、心配性という傾向は一切なかったのに
こんなにしんどくなるのは、やはり泰三さんを看取っているからなのか・・・・
色々なものに動じない私が、娘の命を心配するあまりに、しんどくなる
そして泰三さんの写真を見ることを避けている自分を発見
やっぱり、かなりの衝撃を受けていたんだと、自分のことなのに今ごろ気づく
生と死は宇宙の創造主の領域・・・
死は大いなる存在に再び繋がる
理解はできるが、私の肉体意識は、分離することの悲しみを感じているのは事実だ
家の前の畑から、鈴虫やコオロギが鳴いている
夕陽が並木道を照らし、そのあまりの美しさに
高揚し、そして静かになる
私は私として生きている
魂と肉体の組み合わせは奇跡のようなものだ
世界の美しさの中に神を見ることは
私にとっていいようのない至福の中に入ることであり
同時に感じる恐れさえも、静かになっていく・・・
魂は恐れをもたない
どこへ辿り着くのか・・・
師の言葉が私の中で響く
「人生を創っているのはあなただ・・・何を信じるか、何を見るのか・・・」
私達は見たいものだけを見る
見たくないものは見ない
魂が主権を持っているということがどういうことか
「あなたの許可なくして、誰もあなたを傷つけることはできない」エリナー・ルーズベルト
私はこの言葉が好きだ
今後の世界は大きく分離されていくと言う
何を見るのか・・・・どのように世界を映すのか・・・・
人の体験や見方を変えることはできない
それは時にお別れを意味することもあれば、対立を意味することもある
新しい世界に入った今、今までと違うあり方が問われる
何を指針とし、何を信じ、どんな世界を創っているのか?
究極は自分へと辿り着く旅なのだが・・・・
私は宇宙の旅人
地球の懐で自らを知る植物のように
私はこの地上に下り、自らを知っている
沢山の方がヒーリングのエネルギーを送って下さった
どれだけ心強かったか・・・
脳のCTを撮りに、11月に通院するのだが、しばらくは薬で血圧を管理することになった
夕方、頭が痛いというとドキドキして、心配になる
意識がちゃんとあるか部屋に見に行ってみたり
しばらく状態が落ち着くまで、赤ちゃんと、娘から目が離せない
私自身、心配性という傾向は一切なかったのに
こんなにしんどくなるのは、やはり泰三さんを看取っているからなのか・・・・
色々なものに動じない私が、娘の命を心配するあまりに、しんどくなる
そして泰三さんの写真を見ることを避けている自分を発見
やっぱり、かなりの衝撃を受けていたんだと、自分のことなのに今ごろ気づく
生と死は宇宙の創造主の領域・・・
死は大いなる存在に再び繋がる
理解はできるが、私の肉体意識は、分離することの悲しみを感じているのは事実だ
家の前の畑から、鈴虫やコオロギが鳴いている
夕陽が並木道を照らし、そのあまりの美しさに
高揚し、そして静かになる
私は私として生きている
魂と肉体の組み合わせは奇跡のようなものだ
世界の美しさの中に神を見ることは
私にとっていいようのない至福の中に入ることであり
同時に感じる恐れさえも、静かになっていく・・・
魂は恐れをもたない
どこへ辿り着くのか・・・
師の言葉が私の中で響く
「人生を創っているのはあなただ・・・何を信じるか、何を見るのか・・・」
私達は見たいものだけを見る
見たくないものは見ない
魂が主権を持っているということがどういうことか
「あなたの許可なくして、誰もあなたを傷つけることはできない」エリナー・ルーズベルト
私はこの言葉が好きだ
今後の世界は大きく分離されていくと言う
何を見るのか・・・・どのように世界を映すのか・・・・
人の体験や見方を変えることはできない
それは時にお別れを意味することもあれば、対立を意味することもある
新しい世界に入った今、今までと違うあり方が問われる
何を指針とし、何を信じ、どんな世界を創っているのか?
究極は自分へと辿り着く旅なのだが・・・・
私は宇宙の旅人
地球の懐で自らを知る植物のように
私はこの地上に下り、自らを知っている