今日は新聞休刊日なので、昨日のコラムから一部を紹介します。
毎日新聞
・ 「卑弥呼(ひみこ)の銅鏡」との説もある三角縁神獣鏡には中国神話の女神、西王母(せいおうぼ)が描かれている。長寿を願う道教の神でもあり、今も信仰の対象だ。旧暦8月15日の「中秋の名月」が近づくと、西王母に絡む伝説が話題になる
▲天帝の娘、嫦娥(じょうが)が西王母から夫に授けられた不老不死の薬を盗み、月に逃げたという「嫦娥奔月(ほんげつ)」だ。月の模様からの連想だろう。罰としてカエルになったとかお供のウサギに薬を作らせているともいわれる
▲長期化する香港のデモで焦点の人物になった林鄭月娥(りんていげつが)行政長官の名はこの伝説が由来だ。民主派の要求をはねつけて評判を落としたが、外部に漏れた肉声には人間味が感じられる
▲「許されない大混乱を引き起こした」「可能なら辞任したい」「二人の主人(中国と市民)に仕えなければならない」。中間管理職の板挟みの苦悩のようだ。辞任や妥協を許さない中国政府へのささやかな抵抗かと臆測を呼んだ
▲世界を驚かせた「100万人デモ」から3カ月。林鄭氏は「逃亡犯条例」改正案の撤回を正式に表明したが、民主派は「遅すぎた」と批判し、事態収拾の見通しはつかない。授業ボイコットに入った学生らは13日の「中秋の名月」を期限に一層の譲歩を迫っている
▲嫦娥がなぜ薬を盗んだか。身勝手説もあるが、夫が不老不死を得れば暴虐な王になりかねないと民の将来を憂えて決断したという話も伝わる。香港の将来を心配しているのは林鄭氏も同じだろう。さらなる一手を打てないものか。
日本経済新聞
・ 「中二病」はタレント、伊集院光さんのラジオ番組から生まれた言葉だ。思春期にありがちなちょっと恥ずかしい言動を指す。母親に「どこ行くの」と聞かれ、「外」とだけ答える。サラリーマンを歯車、警察を権力の犬などと呼びだす――。こんな投稿に笑わされた。
▼その中に「サンマやアユは、はらわたがうまいと通ぶる」というものがあった。確かにそうだ。子どものころには閉口したあの苦さが、大人になると、何とも魅力的な味に思える。だが中二病にも登場するこの秋の味覚の資源量はいま、大幅に減っているらしい。今年は痩せているうえ水揚げが少なく、異例の高値が続く。
▼サンマは低水温を好むため、表層の水温が上がっている日本近海を避けているという。おいしさにがぜん目覚めたか、公海で漁獲量を急増させる中国、台湾を非難する声も強い。しかし日本もこれまで、世界中の海に魚を追い求めてきた身である。いまだってクジラやマグロやウナギをめぐって白い目で見られているのだ。
▼だからこそ、ここは日本が国際的な資源管理の音頭を取り、範を示すしかあるまい。各国が競った結果、サンマが食卓から姿を消してしまっては元も子もない。文人の佐藤春夫は道ならぬ恋に苦悩し、「さんま苦いか塩っぱいか」と綴(つづ)った。世代も時代も超え、身近な存在であり続けるサンマ。身も皮もはらわたもうまい。
中日新聞
・ 近代以降、日本語が大きな危機に直面したのは二度か。最初は明治の初め、初代文部大臣の森有礼(ありのり)が提唱した「日本語廃止論」、欧米列強に追いつくには英語の国語化が必要と考え日本語を廃止しようとは大胆な話である
▼近代化に焦っていたのだろう。結局、米言語学者から外国語による近代化に成功した国はないとたしなめられて、立ち消えになった
▼もう一つの危機は終戦直後。連合国軍総司令部(GHQ)が日本語のローマ字化を検討していた。漢字を覚えるのが学生の負担になっているという理屈だったらしい。これを持ちかけた米軍中佐に作家の山本有三が一喝したのは有名である。「日本人の文字は日本人自身が解決する」
▼森有礼やGHQに比べれば、さほどでもない話だが、権力者が言葉について何か言いだすと身構えたくなる。ローマ字表記を現在一般的な「名・姓」から日本人らしく「姓・名」にするという政府方針である
▼欧米に合わせるのが卑屈とお考えなのだろうか。日本の伝統に則した形がよいというのがその言い分らしいが、ローマ字で書く場合は姓と名をひっくり返すという方法は明治以降、広く定着し、もはやこちらの方が伝統であろう
▼「姓・名」の順で表記したい人はもちろん、そうすればいい。だが、国が旗を振る問題なのだろうか。作家の言葉を借りれば、「自身で解決する」である。
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毎日新聞
・ 「卑弥呼(ひみこ)の銅鏡」との説もある三角縁神獣鏡には中国神話の女神、西王母(せいおうぼ)が描かれている。長寿を願う道教の神でもあり、今も信仰の対象だ。旧暦8月15日の「中秋の名月」が近づくと、西王母に絡む伝説が話題になる
▲天帝の娘、嫦娥(じょうが)が西王母から夫に授けられた不老不死の薬を盗み、月に逃げたという「嫦娥奔月(ほんげつ)」だ。月の模様からの連想だろう。罰としてカエルになったとかお供のウサギに薬を作らせているともいわれる
▲長期化する香港のデモで焦点の人物になった林鄭月娥(りんていげつが)行政長官の名はこの伝説が由来だ。民主派の要求をはねつけて評判を落としたが、外部に漏れた肉声には人間味が感じられる
▲「許されない大混乱を引き起こした」「可能なら辞任したい」「二人の主人(中国と市民)に仕えなければならない」。中間管理職の板挟みの苦悩のようだ。辞任や妥協を許さない中国政府へのささやかな抵抗かと臆測を呼んだ
▲世界を驚かせた「100万人デモ」から3カ月。林鄭氏は「逃亡犯条例」改正案の撤回を正式に表明したが、民主派は「遅すぎた」と批判し、事態収拾の見通しはつかない。授業ボイコットに入った学生らは13日の「中秋の名月」を期限に一層の譲歩を迫っている
▲嫦娥がなぜ薬を盗んだか。身勝手説もあるが、夫が不老不死を得れば暴虐な王になりかねないと民の将来を憂えて決断したという話も伝わる。香港の将来を心配しているのは林鄭氏も同じだろう。さらなる一手を打てないものか。
日本経済新聞
・ 「中二病」はタレント、伊集院光さんのラジオ番組から生まれた言葉だ。思春期にありがちなちょっと恥ずかしい言動を指す。母親に「どこ行くの」と聞かれ、「外」とだけ答える。サラリーマンを歯車、警察を権力の犬などと呼びだす――。こんな投稿に笑わされた。
▼その中に「サンマやアユは、はらわたがうまいと通ぶる」というものがあった。確かにそうだ。子どものころには閉口したあの苦さが、大人になると、何とも魅力的な味に思える。だが中二病にも登場するこの秋の味覚の資源量はいま、大幅に減っているらしい。今年は痩せているうえ水揚げが少なく、異例の高値が続く。
▼サンマは低水温を好むため、表層の水温が上がっている日本近海を避けているという。おいしさにがぜん目覚めたか、公海で漁獲量を急増させる中国、台湾を非難する声も強い。しかし日本もこれまで、世界中の海に魚を追い求めてきた身である。いまだってクジラやマグロやウナギをめぐって白い目で見られているのだ。
▼だからこそ、ここは日本が国際的な資源管理の音頭を取り、範を示すしかあるまい。各国が競った結果、サンマが食卓から姿を消してしまっては元も子もない。文人の佐藤春夫は道ならぬ恋に苦悩し、「さんま苦いか塩っぱいか」と綴(つづ)った。世代も時代も超え、身近な存在であり続けるサンマ。身も皮もはらわたもうまい。
中日新聞
・ 近代以降、日本語が大きな危機に直面したのは二度か。最初は明治の初め、初代文部大臣の森有礼(ありのり)が提唱した「日本語廃止論」、欧米列強に追いつくには英語の国語化が必要と考え日本語を廃止しようとは大胆な話である
▼近代化に焦っていたのだろう。結局、米言語学者から外国語による近代化に成功した国はないとたしなめられて、立ち消えになった
▼もう一つの危機は終戦直後。連合国軍総司令部(GHQ)が日本語のローマ字化を検討していた。漢字を覚えるのが学生の負担になっているという理屈だったらしい。これを持ちかけた米軍中佐に作家の山本有三が一喝したのは有名である。「日本人の文字は日本人自身が解決する」
▼森有礼やGHQに比べれば、さほどでもない話だが、権力者が言葉について何か言いだすと身構えたくなる。ローマ字表記を現在一般的な「名・姓」から日本人らしく「姓・名」にするという政府方針である
▼欧米に合わせるのが卑屈とお考えなのだろうか。日本の伝統に則した形がよいというのがその言い分らしいが、ローマ字で書く場合は姓と名をひっくり返すという方法は明治以降、広く定着し、もはやこちらの方が伝統であろう
▼「姓・名」の順で表記したい人はもちろん、そうすればいい。だが、国が旗を振る問題なのだろうか。作家の言葉を借りれば、「自身で解決する」である。
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