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福島50

2011-09-16 06:29:14 | 日本を見つめる世界の目
世界的にももっとも栄誉ある賞に福島50が選ばれました。

日本国内の評価との違いが書かれています。

http://news.livedoor.com/article/detail/5863681/より引用します。

9月7日にスペインのアストゥリアス皇太子財団は1981年より開催しているアストゥリアス皇太子賞の平和(Concord)部門において「福島50」を満場一致で選出しました。アストゥリアス皇太子賞は国際的にも最も重要な文化行事の一つとされており、歴史を通じて高い評価を得てきた同賞は世界的にももっとも栄誉ある賞とみなされています。
日本人では過去、向井千秋氏とノーベル物理学賞の有力候補である飯島澄男教授が受賞しています。

「福島50」は原発事故発生当時従事していた800人の作業員はそのリスクから750人を避難させたものの50名を残し、被害を最小限に食い止めるために決死の作業を行いました。これが名前の由来であり、その後、3月16日から130人をくわえた180人が加わり、更にその後も作業員は増えていきましたが、呼称は「福島50」とされています。

この情報をもたらしてくれた方から聞くところによるとこの受賞のニュースは既に一週間経つのに日本ではあまり流れていないとのことでした。理由はいくつか考えられます。

日本においては自分達=東電が作り出したトラブルなのだから自分達で火消しをするのは当然であり、賞賛するには値しない、という考え方。
メディアは捉え方によれば東電に味方するようにも取れる「福島50」の人たちの受賞を記事として書くことはリスクが大きく敬遠した。
日本は基本的にスポーツ以外はヒーローを作らない国であり、それゆえに「福島50」の人たちを特に持ち上げない。

一方、海外から見るとこれはすっかり違う絵に理解されています。それは会社への忠誠心がそこまでない海外において命をかけてまで会社と日本を守る姿がとてつもなく勇ましく感じるのではないでしょうか?あの当時、カナダ人とよく話の話題になりましたが世界を救ったと絶賛しておりました。

考えてみれば911の時、ニューヨークの消防隊が世界中で賞賛されました。体を張って守る、というのは日本では当たり前かもしれませんが世界のスタンダードで見ればとてつもないことなのです。

中国の運動家、劉暁波氏が昨年、ノーベル平和賞を受賞した際、本来であれば国家初のノーベル賞受賞を喜ぶべきところ、中国政府はむしろその選定にクレームをしました。要は国内と海外の温度は違うということです。が、当然ながらそういう温度差を見せ付けることで欧米社会と中国社会のパーセプションギャップは大きくなったともいえるでしょう。あのときの中国の行動は外交上、大きな失点となっています。

僕は「福島50」の人が授賞式に行くのかどうか存じ上げません。いや、誰か行くものならば菅前総理が怒り狂うのではないかと想像しています。が、仮にフェリペ デ ボルボン皇太子よりの直接手渡される授賞式に空席というのも外交上得策ではないと思います。

僕はこのブログでも以前書きましたようにあの福島原発の被害を最小限に食い止めた作業員は賞賛以外の何者でもありません。が、残念ながら頂いたコメントは非常に落胆するものが多くありました。あの場に残って原発の処理に携わった人たちは経営陣ではなく従業員や関連会社の人たちだった点においてその人たちに対しても東電の経営陣と同じくくりでしか考えていただけなかったことに個人的には残念に思っています。

日本がヒーローを作らないのであれば未曾有の災害の中でも特に困難だった原発処理に対して命を懸けて頑張った方々に少なくとも無名戦士としてのリスペクトはするべきではないでしょうか?

ご意見お待ちしております。

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