今朝は新聞休刊日なので、昨日のコラムを見てみましょう。
朝日新聞
・ 望遠鏡の中の火星は色あいが変わるため、そこには季節があり、カビやコケが反応しているとも考えられた。生き物への期待が膨らんだのは1965年、マリナー4号が初接近した時だ
▼米航空宇宙局(NASA)の研究所に留学していた大島泰郎(たいろう)さんは興奮した。「地球外生命の姿を見る最初の人類になる」と。しかし届いた画像は隕石(いんせき)の衝突跡で荒涼とし、皆を落胆させた。大島さんは、手違いで月の写真が出たかと目を疑ったそうだ(『火星に生命はいるか』岩波書店)
▼赤い荒野に「命の痕跡」を追う旅は続く。夏に火星に降りた米探査機キュリオシティが、名に恥じぬ、好奇心をそそる仕事を重ねている。土はハワイの玄武岩に似ると突き止め、水が運んだらしい丸い石も見つけた
▼かつては海や川に恵まれ、命を保てる環境があったのではないか。六つの車輪による放浪はカメの歩みながら、一歩一歩が未知との遭遇になる
▼タコ似の火星人は望めないが、「命のかたち」は地球でさえ私たちの想像を絶する。例えばコケなどに棲(す)む緩歩(かんぽ)動物(クマムシ)は、ひどい乾燥、数百度の温度変化、真空、強い放射線に耐え、宇宙空間にさらされても生き延びるとされる。火星に出没した生命も「常識外れ」に違いない
▼マリナーが鳥の目なら、今度は虫の目。まさに緩歩ではい回り、動くものがいたという動かぬ証拠をつかんでほしい。孤独な訪問者による「孤独にあらず」の知らせは、人類を少しばかり謙虚にするように思う。
毎日新聞
・ 「海に降る雪」と聞けばロマンチックだが、その正体はプランクトンだ。動植物プランクトンが死ぬと粒状になり、ふわふわと海中を舞う。半世紀前、北大の潜水艇「くろしお号」に乗った科学者が「マリンスノー」と名づけた。神秘的な光景に殺風景(さっぷうけい)な名前は似合わないと感じたらしい
▲海中には他にもさまざまな浮遊物がある。変わったところではオタマボヤの「衣」。動物プランクトンのオタマボヤは餌をこし取るためゼラチン質の衣をまとっている。これが目詰まりしやすく日に何度も着替えるので、「脱ぎ捨てた衣」が海中にたくさん漂っているというのだ
▲想像するとおかしいが、ウナギ研究者にとっては笑い事ではない。ニホンウナギは日本から2000キロ離れたマリアナ海溝付近で産卵する。そこでかえった幼生はいったい何を食べて育つのか。マリンスノーか、オタマボヤの衣か、ごく小さなクラゲか。仮説が林立し、決め手に欠けていたからだ
▲最近、海洋研究開発機構と東大のチームが出した答えは「マリンスノー」。食物連鎖に注目した分析方法を使った。謎に包まれていたニホンウナギの生活史の輪を完成に近づける成果だ
▲謎解きは単なる研究者の酔狂ではない。ウナギの完全養殖の鍵も握る。実験室では人工授精した卵からウナギをふ化させ育てることに成功しているが、成長が遅い。餌を改良すれば産業化に一歩近づくと期待される
▲ここ数年、ニホンウナギは激減し、絶滅危惧種に指定されかねない。天然ウナギの食にも異変が起きているのか。マリアナ海溝に降る雪の研究を養殖だけでなくウナギ保護にもつなげたい。
日本経済新聞
・ ロムニー候補のTシャツは2枚15ドルで、最後のたたき売り。オバマ大統領の方は2枚で20ドル。勝者と敗者で5ドルの差がついた。顔写真や星条旗をプリントした選挙戦のTシャツが、土産物屋に山積みになっている。ワシントンの友人から、そんな選挙後の風景を聞いた。
▼商魂たくましいと言うべきか。オバマTシャツは、投票の翌日には早くも「就任式」と書いた新製品が出たそうだ。選挙は大接戦と伝えられていた。どちらが勝つか分からない時点で、製造し始めていたのだろう。おそらく米国製ではあるまい。経済摩擦の相手の中国製か。それとも、制裁を緩めたミャンマー製だろうか。
▼先が見通せなくても、リスクを取って勝負する企業家がいる。政治が熱い攻防を繰り広げる間にも、その裏側では市場経済が冷めた顔つきで回り続けている。競争で値段が日々変わり、アイデアとスピードで他に先んじた者が、より大きな利益を手にする。そんな旺盛な企業家精神が、米経済の強さの根っこにありそうだ。
▼選挙の時期も見えない日本はどうだろう。経済界から「何もかも不透明だ」「何とかしてほしい」とぼやく声ばかり聞こえるのは、気のせいか。視界不良は、何も決断しない言い訳になりやすい。ワシントンのTシャツ屋の次の戦略は何だろう。1月の大統領就任式の後に出す新製品は、とっくに決まっているに違いない。
産経新聞
・ 戦後の大宰相を描く工藤美代子さんの『赫奕(かくやく)たる反骨 吉田茂』は雪子夫人との別れから始まっている。牧野伸顕伯爵の娘、つまり維新の立役者、大久保利通の孫である夫人は昭和16年10月、がんのため52歳で亡くなった。吉田は63歳、すでに外務省を退官していた。
▼吉田といえば首相時代には「ワンマン」といわれ、傲慢なイメージがつきまとった。しかし夫人の入院中は、好きだったバラなどの花を照れくさそうに買って見舞った。教会での葬式の後、樅(もみ)の大樹の蔭でひとり、あふれる涙をふく姿もあったという。
▼雪子夫人は結婚するまで外国生活が長かった。そこで培った語学に加え父や祖父から受け継いだ教養も備わっていた。駐英大使などで吉田が海外に赴任中は、人脈づくりを大いに助けた。そんな「内助の功」への感謝の涙だったといえる。
▼その吉田や佐藤栄作と同様に、長く首相をつとめた中曽根康弘氏の蔦子夫人は先日、91歳で亡くなった。首相在任中、気さくな人柄で番記者らにも人気があったという。来日したレーガン米大統領夫妻を山荘に招いてもてなすなど、名ファーストレディーとしても知られた。
▼葬儀での中曽根氏のあいさつは泣かせた。蔦子夫人の名前は「ツタのように木に寄り添って、倒れないように守るために名付けられた」と由来を披露した。その名の通りの「糟糠(そうこう)の妻」だったことだろう。中曽根氏も「よくやってくれた」と感謝の気持ちを表した。
▼吉田に戻れば、雪子夫人は首相夫人になることはなかった。だが夫人の協力で得た外国要人とのパイプが、日本の再建に役立ったことは間違いない。「内助の功」をいかに生かすかも、リーダーの条件だと言っていい。
中日新聞
・ 江戸の古川柳には、庶民のユーモアと知恵が詰まっている。<鉄砲は命を的にうち食らい>。フグの異名が鉄砲だ。ちり鍋を「てっちり」、刺し身を「てっさ」と呼ぶのもそこに由来している。なぜ、鉄砲かというと、二説あるらしい
▼「当たると死ぬ」という説のほかに、昔の鉄砲はなかなか当たらなかったことに引っかけ、「うちのは安全です」という宣伝文句との説だ(生田與克(よしかつ)、冨岡一成著『築地魚河岸ことばの話』)
▼江戸時代の料理法はフグ汁だけだった。雪の日ともなれば、フグは大層なごちそうだったらしい。専門の調理師などは存在せず、中毒の危険も多かった。<鰒(ふぐ)汁を食わぬたわけに食うたわけ>。うまいフグは食べたいけれど、中毒は怖いという機微を表現している(興津要著『食辞林』)
▼そのフグの七十倍もの毒がある魚が今年、北海道から瀬戸内までの海で相次いで見つかっている。ハギの仲間のソウシハギだ。顔が長いところはウマヅラハギと似ている。毒がどの部位にあるのか、はっきり分かっていないので、海釣りファンはどうかご注意を
▼日本では、沖縄や高知県沖など、暖かい海域にしか生息しない魚だった。今年は、全国的に水温が高かったために、北上してきたとみられている
▼地球温暖化は、自然や生態系を大きく変えようとしている。当たったら怖い鉄砲はフグだけでいい。
※ どこも読み応えがあります。
朝日新聞
・ 望遠鏡の中の火星は色あいが変わるため、そこには季節があり、カビやコケが反応しているとも考えられた。生き物への期待が膨らんだのは1965年、マリナー4号が初接近した時だ
▼米航空宇宙局(NASA)の研究所に留学していた大島泰郎(たいろう)さんは興奮した。「地球外生命の姿を見る最初の人類になる」と。しかし届いた画像は隕石(いんせき)の衝突跡で荒涼とし、皆を落胆させた。大島さんは、手違いで月の写真が出たかと目を疑ったそうだ(『火星に生命はいるか』岩波書店)
▼赤い荒野に「命の痕跡」を追う旅は続く。夏に火星に降りた米探査機キュリオシティが、名に恥じぬ、好奇心をそそる仕事を重ねている。土はハワイの玄武岩に似ると突き止め、水が運んだらしい丸い石も見つけた
▼かつては海や川に恵まれ、命を保てる環境があったのではないか。六つの車輪による放浪はカメの歩みながら、一歩一歩が未知との遭遇になる
▼タコ似の火星人は望めないが、「命のかたち」は地球でさえ私たちの想像を絶する。例えばコケなどに棲(す)む緩歩(かんぽ)動物(クマムシ)は、ひどい乾燥、数百度の温度変化、真空、強い放射線に耐え、宇宙空間にさらされても生き延びるとされる。火星に出没した生命も「常識外れ」に違いない
▼マリナーが鳥の目なら、今度は虫の目。まさに緩歩ではい回り、動くものがいたという動かぬ証拠をつかんでほしい。孤独な訪問者による「孤独にあらず」の知らせは、人類を少しばかり謙虚にするように思う。
毎日新聞
・ 「海に降る雪」と聞けばロマンチックだが、その正体はプランクトンだ。動植物プランクトンが死ぬと粒状になり、ふわふわと海中を舞う。半世紀前、北大の潜水艇「くろしお号」に乗った科学者が「マリンスノー」と名づけた。神秘的な光景に殺風景(さっぷうけい)な名前は似合わないと感じたらしい
▲海中には他にもさまざまな浮遊物がある。変わったところではオタマボヤの「衣」。動物プランクトンのオタマボヤは餌をこし取るためゼラチン質の衣をまとっている。これが目詰まりしやすく日に何度も着替えるので、「脱ぎ捨てた衣」が海中にたくさん漂っているというのだ
▲想像するとおかしいが、ウナギ研究者にとっては笑い事ではない。ニホンウナギは日本から2000キロ離れたマリアナ海溝付近で産卵する。そこでかえった幼生はいったい何を食べて育つのか。マリンスノーか、オタマボヤの衣か、ごく小さなクラゲか。仮説が林立し、決め手に欠けていたからだ
▲最近、海洋研究開発機構と東大のチームが出した答えは「マリンスノー」。食物連鎖に注目した分析方法を使った。謎に包まれていたニホンウナギの生活史の輪を完成に近づける成果だ
▲謎解きは単なる研究者の酔狂ではない。ウナギの完全養殖の鍵も握る。実験室では人工授精した卵からウナギをふ化させ育てることに成功しているが、成長が遅い。餌を改良すれば産業化に一歩近づくと期待される
▲ここ数年、ニホンウナギは激減し、絶滅危惧種に指定されかねない。天然ウナギの食にも異変が起きているのか。マリアナ海溝に降る雪の研究を養殖だけでなくウナギ保護にもつなげたい。
日本経済新聞
・ ロムニー候補のTシャツは2枚15ドルで、最後のたたき売り。オバマ大統領の方は2枚で20ドル。勝者と敗者で5ドルの差がついた。顔写真や星条旗をプリントした選挙戦のTシャツが、土産物屋に山積みになっている。ワシントンの友人から、そんな選挙後の風景を聞いた。
▼商魂たくましいと言うべきか。オバマTシャツは、投票の翌日には早くも「就任式」と書いた新製品が出たそうだ。選挙は大接戦と伝えられていた。どちらが勝つか分からない時点で、製造し始めていたのだろう。おそらく米国製ではあるまい。経済摩擦の相手の中国製か。それとも、制裁を緩めたミャンマー製だろうか。
▼先が見通せなくても、リスクを取って勝負する企業家がいる。政治が熱い攻防を繰り広げる間にも、その裏側では市場経済が冷めた顔つきで回り続けている。競争で値段が日々変わり、アイデアとスピードで他に先んじた者が、より大きな利益を手にする。そんな旺盛な企業家精神が、米経済の強さの根っこにありそうだ。
▼選挙の時期も見えない日本はどうだろう。経済界から「何もかも不透明だ」「何とかしてほしい」とぼやく声ばかり聞こえるのは、気のせいか。視界不良は、何も決断しない言い訳になりやすい。ワシントンのTシャツ屋の次の戦略は何だろう。1月の大統領就任式の後に出す新製品は、とっくに決まっているに違いない。
産経新聞
・ 戦後の大宰相を描く工藤美代子さんの『赫奕(かくやく)たる反骨 吉田茂』は雪子夫人との別れから始まっている。牧野伸顕伯爵の娘、つまり維新の立役者、大久保利通の孫である夫人は昭和16年10月、がんのため52歳で亡くなった。吉田は63歳、すでに外務省を退官していた。
▼吉田といえば首相時代には「ワンマン」といわれ、傲慢なイメージがつきまとった。しかし夫人の入院中は、好きだったバラなどの花を照れくさそうに買って見舞った。教会での葬式の後、樅(もみ)の大樹の蔭でひとり、あふれる涙をふく姿もあったという。
▼雪子夫人は結婚するまで外国生活が長かった。そこで培った語学に加え父や祖父から受け継いだ教養も備わっていた。駐英大使などで吉田が海外に赴任中は、人脈づくりを大いに助けた。そんな「内助の功」への感謝の涙だったといえる。
▼その吉田や佐藤栄作と同様に、長く首相をつとめた中曽根康弘氏の蔦子夫人は先日、91歳で亡くなった。首相在任中、気さくな人柄で番記者らにも人気があったという。来日したレーガン米大統領夫妻を山荘に招いてもてなすなど、名ファーストレディーとしても知られた。
▼葬儀での中曽根氏のあいさつは泣かせた。蔦子夫人の名前は「ツタのように木に寄り添って、倒れないように守るために名付けられた」と由来を披露した。その名の通りの「糟糠(そうこう)の妻」だったことだろう。中曽根氏も「よくやってくれた」と感謝の気持ちを表した。
▼吉田に戻れば、雪子夫人は首相夫人になることはなかった。だが夫人の協力で得た外国要人とのパイプが、日本の再建に役立ったことは間違いない。「内助の功」をいかに生かすかも、リーダーの条件だと言っていい。
中日新聞
・ 江戸の古川柳には、庶民のユーモアと知恵が詰まっている。<鉄砲は命を的にうち食らい>。フグの異名が鉄砲だ。ちり鍋を「てっちり」、刺し身を「てっさ」と呼ぶのもそこに由来している。なぜ、鉄砲かというと、二説あるらしい
▼「当たると死ぬ」という説のほかに、昔の鉄砲はなかなか当たらなかったことに引っかけ、「うちのは安全です」という宣伝文句との説だ(生田與克(よしかつ)、冨岡一成著『築地魚河岸ことばの話』)
▼江戸時代の料理法はフグ汁だけだった。雪の日ともなれば、フグは大層なごちそうだったらしい。専門の調理師などは存在せず、中毒の危険も多かった。<鰒(ふぐ)汁を食わぬたわけに食うたわけ>。うまいフグは食べたいけれど、中毒は怖いという機微を表現している(興津要著『食辞林』)
▼そのフグの七十倍もの毒がある魚が今年、北海道から瀬戸内までの海で相次いで見つかっている。ハギの仲間のソウシハギだ。顔が長いところはウマヅラハギと似ている。毒がどの部位にあるのか、はっきり分かっていないので、海釣りファンはどうかご注意を
▼日本では、沖縄や高知県沖など、暖かい海域にしか生息しない魚だった。今年は、全国的に水温が高かったために、北上してきたとみられている
▼地球温暖化は、自然や生態系を大きく変えようとしている。当たったら怖い鉄砲はフグだけでいい。
※ どこも読み応えがあります。