昨日(2022年10月28日)、布袋中学校の研究発表会へ行ってきました。
次の写真は、布袋中学校HPからの引用です。
https://www.schoolweb.ne.jp/weblog/index.php?id=2320017
テーマに関しては、全体会で田中先生が述べられたとおりなので、それ以外で感じたことをまとめてみます。
校内をまわってわかるのが、犬山中学校でも感じましたが、生徒の人間関係の良さです。
周囲と話し合う場面も、自然に、笑顔で対応しています。
かつて、「学校の荒れ」があった頃は、まじめを馬鹿にして、しらけるふりがかっこいいと勘違いをし、教師にため口、そのような時代がありました。男女の距離があり、話し合いは成立しませんでした。教師は一問一答で進め、前方のまじめな生徒だけが授業を受け、後ろでは伏せ寝をしている生徒も複数いました。
その後の教師の努力により、状況は改善されてきました。
しかし、いまだに一問一答式の授業は多く、伏せ寝こそ減りましたが、「手を挙げなければあたらない」という「精神的伏せ寝状態」は今でも見かけます。
今日の授業では、スプレッドシートに全員が記入し「みんなが書いたのを読んで、自分とは違う見方をさがして」、あるいは 記入したformを送信したシートを共有するなど、意思決定(表現)=共有が一度ででき、音声言語こそありませんが、視覚情報による対話的な学びがおこなわれていました。
ただ、全員の意思決定は見ればわかりますが、その後の共有を全員がしているのかは目で見えません。
そこで、私は大学の授業で、「なるほどと思った意見をチャットで教えて!」と見える化しています。シートやformは事前の準備が必要ですが、チャットはすぐにできるからです。
ただ、視覚による対話的な学びには限界があります。
(音声情報による)時間を共有しないと、シナジーが生まれにくいからです。
また、多くの場合、考えの羅列であって構造化されていません。
そこで、教師によるコーディネートが必要なのです。
視覚情報から、いくつか課題を焦点化するのです。あるいは構造化する必要があるかもしれません。
「詳しく聞いてみたい意見ある?」「〇〇さんの・・・という意見、もう少し詳しく説明して」
などを経て、「それでは、○○について、より深めてみよう」などと、深い学びに導くことが必要なのです。
今回の研究により、挙手指名主義を脱して、視覚情報で全員が共有するところまではできました。
丹葉地区の研究史の中で、挙手指名主義を脱して、視覚情報で全員の共有を試みたことは、今大会の最大の成果だと思います。
今後は、再び音声情報で深い学びに移行する(シナジーを生み出す)コーディネートの技術が課題になると感じました。
今回の研究のすばらしいのは、次の冊子です。
教科横断カリキュラムは労作です。
全体発表でもありましたが、中学校のカリキュラムは、教科が違うが似た内容があるのです。それを連携させれば、より効果的であり、より深めることができるのです。
そして今回の目玉が、教科別の授業スタイル表です。
教育の理論は、中央教育審議会の答申を経て、文部科学省から提示されます。しかし、それを具体化するのは簡単ではありません。
逆に、具体化されたものを見れば、その基盤となる理論がわかります。もちろん、理論をある程度理解していれば・・・ですが。
現場では、経験の浅い教師が増えています。
理論を伝えても、なかなか浸透しません。
しかし、型から入る、すなわち、まず書かれたとおりやってみると、いろいろなことが見えてきます。
そのあとで理論を再確認し、自分に合ったように応用・改善していけばよいのです。
日本には「守破離」の哲学があります。能や狂言などの段階的修業の思想です。
「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。
田中先生の授業で使われた「ふりかえりシート」も、始めは型から入り、いずれは自分で自由に書けることを目指しています。
授業も同じだと思います。先人の型を真似、そこから意味を理解して、自分なりのものにしていけばよいのです。
しかし、その型はあまり明示されていません。この冊子こそが、その型を明示しているのです。
ある程度高いレベルから真似れば、より高みに行くことが可能です。
ぜひ、この冊子をたたき台にして、各学校に合ったものを考えてもらえればと思います。
以上の意味で、布袋中学校の研究はとても意義深いものになりました。
布袋中学校の先生方、本当にお疲れ様でした。