職場旅行(6)は、東京国立博物館裏手の寛永寺墓地にある徳川家霊廟。
徳川将軍15人のうち6人(家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定)が眠っていますが見ることはできません。
道路沿いに見えるのが、第4代将軍家綱(1641~1680)の勅額門です。厳有院とは家綱の院号です。
1657明暦の大火(別名 振袖火事)で江戸城が消失したときの将軍です。
その内側から見ると・・・・
回廊・拝殿・本殿・奥の院など、ほとんどが明治維新後の解体や戦災で失われましたが、この門からは、豪華だったろうことが推測できます。
さらに西へ進むと・・・
この中に、常憲院霊廟勅額門がありました。
第5代将軍綱吉(1646~1709)の勅額門です。常憲院とは綱吉の院号です。
綱吉こそ、江戸時代の将軍では最大の名君だと思っています。
天璋院篤姫の宝塔もあります。13代将軍家定公の隣に眠っているそうです。
秋に特別公開がありますが、例年、すごい倍率だそうです。
周囲の石垣は、幕末に将軍家の墓所が荒らされないように、勝海舟がつくらせたとか・・・。
さすがです。
徳川将軍15人のうち6人(家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定)が眠っていますが見ることはできません。
道路沿いに見えるのが、第4代将軍家綱(1641~1680)の勅額門です。厳有院とは家綱の院号です。
1657明暦の大火(別名 振袖火事)で江戸城が消失したときの将軍です。
その内側から見ると・・・・
回廊・拝殿・本殿・奥の院など、ほとんどが明治維新後の解体や戦災で失われましたが、この門からは、豪華だったろうことが推測できます。
さらに西へ進むと・・・
この中に、常憲院霊廟勅額門がありました。
第5代将軍綱吉(1646~1709)の勅額門です。常憲院とは綱吉の院号です。
綱吉こそ、江戸時代の将軍では最大の名君だと思っています。
天璋院篤姫の宝塔もあります。13代将軍家定公の隣に眠っているそうです。
秋に特別公開がありますが、例年、すごい倍率だそうです。
周囲の石垣は、幕末に将軍家の墓所が荒らされないように、勝海舟がつくらせたとか・・・。
さすがです。