ミッドナイトエクスプレス。
あるいは刑務所脱獄の隠語。
それにしても、この虚ろさは
どうしたことだろう。
籠の鳥と違ってどこでも自由に飛び立てるはずなのに、異国の安宿で、
薄汚れ寝袋にくるまり、朝、茫然と天井を眺めてみじろぎもしない。
その姿には、見ているものをぞっとさせる、鬼気迫るものがあった。
——沢木耕太郎著 深夜特急——
いち地方大生のまだ何者でもない貧乏学生だったわたしがまさにこれ。
良い小説とは書いている内容がリアルに自分と重なるものだ。
作者は俺のことを書いているんだ、そこまでは思わんが。
単位も取れない。金ない。彼女いない。友達いない。テレビない。車ない。エアコンない。
ないない尽くしの何者でもない私。
街の小さな古い図書館で見つけた。
沢木耕太郎。
人気作家だけあってくったくたで疲れきった本のページをめくるとあっちゅうまに引き込まれた。
時間だけは有り余るほどある。
このノンフィクションノベルの主人公と全く同じだ。
世間はバブル崩壊前の絶頂を極めていた。
なんの関係もない大学生。
なんとかしてこの無為の地獄から脱獄したかった。
この作者みたいな行動力のない私。
本で代替行為。
夢中で逃げた。
成し遂げられるものなどない。ただ逃げるのだ。
輝く銀河鉄道には乗り損なったが無為地獄の夜の特急には飛び乗った。
そこは地獄だったが孤独ではなかった。
一人だったが心の穴は埋められた。
生き延びることが出来た。
やがて寂しさを抱きしめた若者同士が出会い始めていった。
恥ずかしさを虚しさと悔しさを抜きに語ることのできない時代がやってきた。